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良多は結局硯を売ったのか
質屋から出て響子と真悟と合流した良多は、袋に入った四角いものを大事そうに持っていました。
良多は硯を売らなかったのです。
今まで良多は父親に愛されなかったと思っていたので、父の遺品からちょっとでも高そうなものが出て来るとすぐに売り払ってお金に換えていました。
その硯には30万円の値が付きましたが、同時に店主から、良多の父親がかつて良多の本を近所中に配っていた事を知らされた良多は、この時初めて父の愛に触れることが出来ました。
伏線・暗示について
1.登場人物たちの会話
特に前半は会話のほとんどが関係性や過去の出来事の暗示になっています。
本作には登場人物たちの身の上話などの説明は一切ありませんが、やりとりから関係性がわかるフレーズがいくつも登場します。
例えば、町田の「二十歳のときに父親に会いに行った」というのも、町田は幼い頃は父親と離れて暮らしていたことを示す台詞です。
淑子の家でカレーを食べた時、淑子が「カレーはお父さんが好きだったから沢山作ってた」と言うと、良多が「半年以上前のやつじゃん!」と文句を言います。
このセリフから、良多の父親が亡くなったのは約半年前だということが読み取れます。
こんな風に、登場人物たちの発言から関係性を読み取っていくのも楽しいですし、是枝監督ならではな感じがします。
2.おまんじゅう
冒頭で良多が実家に忍び込んだ時に食べた『おまんじゅう』です。
良多は仏壇に供えられていたお饅頭をつまみ食いした後、淑子に「姉さん、よく来てるの?」と聞きます。
これだけだと意味がよくわかりませんが、しばらく後に、仏壇に供えてあった「やぶれ饅頭」は、千奈津の勤務先の和菓子屋の商品だったことが判明します。
3.淑子のへそくりと台風
良多が千奈津に金を借りに行った時、良多は千奈津から淑子のへそくりの隠し場所が押入れの天袋だと耳にします。
そして、真悟の2か月分の養育費10万円を用意できなかった良多は、台風が来る予報であるにも関わらず真悟を淑子の家に連れていき、響子を淑子の家に呼び寄せます。
この辺から「あれ、もしかして…?」とじわじわきますw
これは見進めていって次第にわかることになりますが、良多が淑子と響子に電話した時点で考えていたことは『淑子のへそくりを盗んで養育費にあてること』と『台風の来る日に響子を淑子の家に呼び寄せ、なし崩し的に泊まらせて、無理やり響子と2人で話す時間を作る、そしてあわよくば復縁する』ことです。
良多は台風を利用して一石二鳥(金と響子)を狙ったわけです。
しかし、頑張って探したへそくりは千奈津にすでに確保されており(もしかしたら初めからへそくりは無く、千奈津が良多に目を覚まさせようとしていたのかもしれませんが)、良多の計画の1つは失敗に終わります。
そして次の計画は響子との復縁ですが「前に進みたい」と言われフラれてしまい、結局良多はどちらも手に入れられませんでした。
また、この『台風』自体が登場人物たちの複雑な心境そのもの(特に良多の心境)を表すものだったと解釈しています。
4.タコ公園
冒頭の辺りからタコの形をした公園の遊具が登場します。
使用禁止された状態で登場するこの遊具ですが、良多にとってこのタコの滑り台は『良多が子どもの頃、台風の夜に父親と一緒にこの遊具の中に入り、間近に台風を感じながらお菓子を食べた思い出』があります。
「父親に似ている」と言われることが大嫌いだった良多ですが、良多は台風の夜、楽しそうに真悟と一緒にタコの遊具へ行き、真悟と一緒にお菓子を食べています。
このことから、良多は父親と関係が良く無かったようですが、心の中では父親との思い出を大切にしている(父親が好き)ことが伺えます。
5.良多「公務員になるのが将来の夢だった」
良多は「中学生の頃は公務員になりたかった」と語り、その後、真悟も将来の夢が中学生時代の良多と全く同じだったことがわかりました。
良多が「父親に似たくない」と思いながらも父親と言動が似てしまっていたように、真悟も良多と同じように「父親に似たくない」と思っているのに、良多に思考が似てしまっていることが示唆されています。
あんなに純真無垢な真悟が将来 良多のようになるかもしれないとはあまり想像したくないですが、真悟もまた確実に良多の遺伝子を受け継ぎ、どこか似ている部分を持ちながら生きていくことを表していたんだろうなと思いました。
6.宝くじ
良多と真悟の面会交流の日、良多は真悟に宝くじを買い与えます。
購入時、良多は「俺の金で買うんだから、もし当たったら山分けだ」と言い、真悟に「ケチ」と言われています。
しかし台風が去った翌朝、良多は真悟に「やっぱり宝くじは全部真悟にやる」と言いました。
これは良多が少しだけ大人になったというか、精神的にも親になれたというか、そういう心の成長を表す場面だったのではないかと解釈しています。
7.漫画の原作の依頼
良多は出版社に呼ばれて漫画の原作を頼まれますが、そのときはとっさに断っています。
その後この話は登場しませんが、編集者は「結構良いお金になる」とも言っていましたし、その後の良多の行動や収入源を示す暗示になっていたのではと思っています。
良多は台風の夜を経て気持ちの整理がついたこともあり、これからは汚い稼ぎ方をすることは減っていくんじゃないかなーと思います。
一度社長にバレているので、もうあまり下手な行動もとれないでしょうし。。
少しだけ大人になった良多は、『小説家』にこだわらず、漫画の原作などを通して趣味を仕事に変える方法も学ぶのではないでしょうか。
登場人物たちのその後を予想
まず良多ですが、この台風の一夜で響子への未練を断ち切ることができました。
そして父親の硯を売らなかった良多は、養育費15万円を用意するために漫画の原作の話を受けると思われます。
もちろん題材さえ思い浮かべば小説も書き続けるでしょう。
というかその後、良多が書く小説が本作『海よりもまだ深く』になるんじゃないかなーと想像しています。
そして探偵事務所は漫画の原作活動が軌道に乗れば退職するのでしょうが、探偵を辞めた後も町田との交流は続きそうです。
「漫画のネタのリサーチ」などと言って一緒にギャンブルに繰り出す姿が想像できます(笑)
響子は彼氏の福住と結婚は恐らくしないのでは?と筆者は思います。
しばらくは現状維持が続き、もし良多がちゃんと大人になって、真悟を養える収入があれば再婚の可能性も見えてくるのではないかと感じました。
響子が福住と結婚しなそうと思った理由は、福住が良多の本を酷評した時、響子は傷ついていたからです。
福住が淑子と良多のことを悪く言うのも、響子は内心苛立っていたように見えました。
福住の「もう元旦那(良多)とも元義母(淑子)とも会わない方が良い」という言葉も無視していましたし、響子が相当金銭的な打算をしない限りは福住との結婚はないだろうなーと感じました。
真悟は「良多に似たくない」と強く思っていたようですが、なりたい職業や文才があるところなど、良多に似ているところが強調されていたので、真悟も恐らくどこかしらは良多に似た部分を持ちながら育ち、いつかは良多や響子のように『こんなはずじゃなかった』と思う日も来るんだろうなと思います。
淑子は本人や千奈津も言っていましたが、あの団地の部屋で一生を終えるのでしょう。
旦那のようにポックリいくのか、じわじわ弱っていくのかはわかりませんが、恐らく良多が希望したように、残された人生を楽しみながら徐々に弱っていくタイプなのではないかと想像しています。
その他感想など
まず監督のインタビュー記事を読んで、舞台となった東京都清瀬市の旭が丘団地が、是枝監督が実際に育った団地だったことに驚きました。
『そこしか撮影許可が下りなかった』という消極的な理由だったようですが、実際に育った団地で映画撮影となると、監督自身もかなり感傷に浸りながらの撮影になったのではと想像します。
作中で登場人物たちが何度も口にする「こんなはずじゃなかった」というセリフは、感じたことがある大人は多いと思いますし、実際に私も「こんなつもりじゃなかった」人生を更新中です(笑)
個人的に印象に残ったのは、小林聡美演じる千奈津のずるさというかしたたかさです。
良多に「お母さん(淑子)も私も、もう頼りにしないで!」と言いつつ、裏ではちゃっかり淑子に色々とお世話になっている所にツッコミを入れたくなります(笑)
良多が慎吾のために同僚から借りた一万円をついつい母親にあげてしまったり、お金がないのに慎吾に高いスパイクをプレゼントをしちゃうような見栄っ張りさや、それを慎吾に見透かされている所なんか、見ていて別の意味で泣けてきました。。
良多と淑子が言葉の端々で『あれ』と口癖のように繰り出すのも、私の家族のあるあるなのでニヤッとしてしまいました。
私自身は親に似たくないと思ったことはあまりないですが、「親のこういうとこは似たくない」と思う思考や言動を気が付けばしている時があって、たまにおぞましくなる時はあります。。
本作で笑えたのはほぼ希林さんのおかげでした。
個人的に一番ツボだったのは樹木希林演じる淑子の「3LDK~」でした(笑)
シャツについたシミを唾で落とそうとして良多に嫌がられていたり、淑子の細かな会話ややりとりが本作をよりリアルにしていたように思います。
本作のメッセージは、樹木希林演じる淑子がほとんど語ってくれていましたが、『こんなはずじゃなかった、それでも前向きに生きていけばいつかは希望が見えてくる』、『過去にばかり目を向けていては人生楽しくない』ということです。
良多が囚われていた『過去』は別れた響子や、小説家としての成功(15年前の受賞)、父親との確執でしたが、ちゃんと響子と話し合ったり父親のことを知ったりして過去に決着をつけることができました。
『過去』を『過去』にするには、まず過去と向き合わなければいけないということも本作は教えてくれました。
私自身が向き合うべきは何なのか、そういうことを考えさせてくれるステキな作品だったと思います。
以上です。読んで頂きありがとうございました。
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