アニメ「この世界の片隅に」ネタバレ解説|リンと周作の関係、すずの口紅、ばけもんの正体など

戦時中の広島で生まれ育った少女すずの半生を描いた感動作。
昭和初めの広島で生まれ、絵を描くのが大好きなすずは大好きな家族や祖母と共にのんびりと育った。
18歳になり、呉に住む4歳年上の男性 北条周作の元へ嫁に行き、すずの北条家での新しい生活が始まった。
戦時中で色んなものが足りず、それでもすずは持ち前の機転と明るさで楽しく暮らしていたが、戦争が激化するにつれて多くの大事なものを失った。

制作年:2016年
本編時間:129分
制作国:日本
監督:片渕須直
脚本:片渕須直
原作:漫画/こうの史代『この世界の片隅に

多くの賞を受賞されています。
・第40回日本アカデミー賞 最優秀アニメーション作品賞
・第59回ブルーリボン賞 作品賞
・第90回キネマ旬報ベスト・テン 日本映画 第1位
・第41回アヌシー国際アニメーション映画祭長編部門審査員賞 など。
詳細はこちら。

声優&キャラクター紹介

(引用:https://konosekai.jp

北條すずのん
旧姓は浦野。広島で生まれ育った少女。
非常にのんびりした性格で、絵を描くのが大好き。
北条周作との結婚を機に呉に移住した。

(引用:https://konosekai.jp

北條周作細谷佳正
すずの夫。すずとは幼い頃に偶然広島で出会い、大人になってからすずの居場所を探しだして結婚を申し込んだ。
軍法会議の書記官をしている。

 

(引用:https://konosekai.jp

黒村径子尾身美詞
周作の姉。気が強くキツイ性格で仕事も早く、自立心が強く好き嫌いが激しい。
若い頃はモガ(モダンガール)だったため人一倍お洒落。
亡くなった夫との間に子供が2人いる。

 

(引用:https://konosekai.jp

黒村晴美稲葉菜月
径子の娘。おしとやかで賢い。すずに良くなついている。
兄に教えてもらった軍艦が好き。

 

(引用:https://konosekai.jp

水原哲小野大輔
すずの幼馴染み。
兄に憧れて海軍に入った。すずに恋心を抱いている。
幼い頃は無口でぶっきらぼうだったが、朗らかな好青年に成長した。
・その他のキャスト
浦野すみ(すずの妹)…潘めぐみ
北條円太郎(周作の父)…牛山茂
北條サン(周作の母)…新谷真弓
白木リン(遊女)…岩井七世
浦野十郎(すずの父)…小山剛志
浦野キセノ(すずの母)…津田真澄
浦野要一(すずの兄)…大森夏向
刈谷さん(北条家のご近所さん)…たちばなことね
知多さん(北条家のご近所さん、広島に草履を届けに行った)…瀬田ひろみ
堂本さん(北条家のご近所さん)…世弥きくよ
森田イト(すずの祖母)…京田尚子
マリナ(草津に住むすずの叔母)…目黒未奈
千鶴子(すずの親戚)…池田優音
ばけもん…三宅健太
憲兵…栩野幸知 ほか

Advertisement

結末までのあらすじ

昭和8年12月。広島市江波の海苔養殖師の家に育った浦野すずは、人からはよく「ボーっとしている」と言われるタイプで、絵を描くのが大好きな少女だった。
9歳になったすずは、できた海苔を取引先に届けるため、太田川を舟で下って広島市の街に出たものの、途中で道に迷ってしまった。

この時、すずは大きなかごを背負った、みすぼらしい身なりの大男のばけもんに捕まった。
入れられたかごの中で、すずはすずより少し年上の男の子と出会った。
男の子に教えてもらって初めて人さらいに捕まったのだと気付いたすずは、持っていた海苔と望遠鏡を使ってばけもんを眠らせて、逃げることに成功した。

無事に家に戻ったすずは、この事件を絵に描いて妹のすみに見せると、すみは絵とお話をとても喜んで聞いていた。
すずは、このことは自分がボーっとしていて見てしまった夢に違いないと思っていた。

(すずが描いたばけもんの絵 引用:https://tomitoko.com

昭和18年12月。すずが19歳になる年。
おばあちゃんの家にいたすずの所に、ご近所さんがニヤニヤしながら伝言を届けに来た。
何でもすずの縁談話らしく、相手は呉からわざわざすずを訪ねて来ていて、両親から「すぐ帰ってこい」という伝言だった。
※おばあちゃんとすずたちの家族は別々の家に住んでいる。突然のことに動転して嫌がるすずに、祖母は「この時のために作っておいた」と牡丹の柄の着物を渡し「嫌だったら断ればいいから、一度会ってきなさい」とアドバイスした。
混乱しながら自宅に向かって歩いている途中、すずは同級生の水原哲と再会した。
水原は学校を卒業してから海軍に入隊して水平さんになっていた。
すずは水原が縁談相手かと思いドキドキしたが、水原は「俺は兄貴の七回忌で戻ってきただけじゃ」と言いながら足早に去っていった。
※水原の兄も海軍軍人で、戦争で亡くなっている。

浦野家では、縁談相手の北条周作と、その父親 円太郎がすずの父親十郎と話しながらすずの帰りを待っていた。
すずが玄関の外からこっそり2人をのぞき見ていると、円太郎が「何年も前に(周作とすずは)会ったことがあるそうですけど、周作が名前しか知らんのでお宅を探すのに苦労しました」と話しているのが聞こえた。
だが、すずは周作の顔に見覚えは無かった。
会うのがイヤになってすずは家に入らず、北条親子が通りかかることがなさそうな、駅と別方向の道を行った木の上で時間を潰していた。
ところがしばらく経つと、道に迷った北条親子が「水兵さんに道を聞いたんだが迷ってしまった」と、すずに道を訪ねてきた。
焦ったすずはおばあちゃんにもらった着物で顔を隠したまま親子を駅まで案内した。
すずは「バレてはいないだろう」と高をくくっていたが、後日北条家から届いたハガキに「道案内ありがとうございました」と書いてあり、恥ずかしくなった。
※『水兵さん』は水原のこと。水原はすずの縁談相手への嫌がらせに間違った道を教えたが、それが周作とすずを会わせてしまっていた。
すずの気持ちの整理もつかないまま縁談話は進み、翌年、すずと周作は呉の北条家で祝言をあげた。
当時の呉は港に多数の軍艦が浮かび、街も栄えていて、北条家があるのは街から少し離れた、街と港が見渡せる一番すみっこの小高い場所にあった。

(祝言をあげるすずと周平 引用:https://jp.ign.com


全てが終わってすずの家族が帰った後、すずは改めて義父母(周作の両親)に挨拶した。
2人とも温かく迎えてくれて、特に周作の母サンは足が悪いこともあり、すずが来てくれたことをとても喜んでいた。

すずがお風呂から上がって寝室に入ると、周作は祝言の時に何も食べていなくてお腹が空いたのか、窓から干し柿をとって食べ始めた。
すずが「うちら、どこかで会いましたか?」と聞くと、周作は「あるよ、昔だけど。あんたは覚えてないか」と寂しげだったのですずは慌てて謝った。
周作は笑って流すと「その時もここにほくろがあった」とすずの口元のほくろを触り、2人は顔を赤くしながらそっとキスをした。

Advertisement

翌日からすずは北条家の嫁として家事を始め、家事の合間に、軍人になり出征した兄 要一に結婚報告のハガキを出した。
共同の井戸に水を汲みに行き、朝ご飯の支度をして、周作と円太郎が仕事に行くのを見送ってから洗濯、配給当番がある日は町に出て、そのまま近所の奥様たちと空襲などの緊急時の対応の仕方について講習を受け、帰って夕飯の支度をするといった毎日だった。
周作は呉にある海軍鎮守府の軍法会議の書記官、円太郎は広海軍工廠(航空機関の軍需工場)の技師だった。

すずが嫁いでから数か月後の昭和19年3月。嫁に出ていた周作の姉、径子が突然、娘の晴美を連れて北条家に里帰りしてきた。
径子は若い頃、当時にはめずらしく仕事も夫も自分で決めてきた自立心の強い女性だった。
性格はせっかちで気が強く、径子は実家に帰ってきて早々、会うのが2度目のすずに「服装がダサい」と文句を言い、マイペースに夕飯の準備をしているすずが見ていられず、夕飯の支度は「私がする」と径子が代わってしまった。

夕飯が出来上がると、径子はすずに「※あんた、広島に帰ったら?」とつっけんどんに言った。
少しの沈黙のあと、径子以外の家族が「気が付かんで悪かった」と笑いながら里帰りをすすめた。
すずはみんなの態度を少し不思議に思いながら、結婚して初めて里帰りすることにした。
※径子は「出ていけ」という意味で言ったが、径子以外の家族は慌てて里帰りに話をそらし、すずは単純に里帰りをすすめてくれたのだと勘違いした。
こうして実家に帰ったすずは晩ご飯を食べながら、両親とすみに新しい生活を話した。
すみは美人に成長し、学校を卒業してから女子挺身隊の一員となり工場に勤務していた。
油臭くて危険な仕事だが、すみいわく『美男子の将校さん』と出会って良くしてもらっていたり、それなりに楽しく生活しているようだ。
すみと近況を報告し合って寝ようとしたとき、すずは自分の頭に10円ハゲがあることをすみから知らされてショックを受けた。
すずは自分でも気が付かないうちに、北条家での慣れない生活がストレスになっていたのだ。

昭和19年5月。径子は嫁ぎ先に帰り、すずは径子に楽させてもらった分、また家事を頑張ろうとはりきっていた。
だが国からの配給はさらに少なくなり、家族4人の1日分の配給が干したイワシ4匹だけだった。
すずはご近所さんにタンポポやスミレなどの食べられる野草を教えてもらい、少しでもたくさん食べられるように考えながら料理した。
工夫しながら料理するのは楽しく、スミレの花の味噌汁などのすずらしい料理は家族にも好評だったが、※『食料増量の法』に載っていたやり方で調理したお米は、量は驚くほど増えたが味はイマイチだった。
※お米を炒ってふくらませてから炊いていたので、ポップコーンやポン菓子状の米にお湯を吸わせたものに近いと思われる(筆者の予想)
昭和19年6月。呉の街では※建物疎開が始まり空き地が増えていった。
※建物疎開:空襲による火災の被害を最小限にするため、建物を取り壊すこと。
北条家は取り壊しの対象外だったので事なきを得たが、戦争が現実味をおびてきたと感じていたとき、径子と晴美がふたたび北条家に戻ってきた。
径子の嫁ぎ先である黒村家は建物疎開の対象になり、一家は下関に疎開することになったそうなのだが、径子は「良い機会だから離縁することにしました」と淡々と明かし、家族皆が驚いた。

昭和19年7月。近所の人にも手伝ってもらいながら、黒村家の木材を使って北条家の真横に防空壕を作った。
掘った時に出た土を持ってすずが畑に出ると、晴美が「お兄さんに教えてもらった」と言いながら港に浮かぶ軍艦の説明をした。
すずはお兄さん=周作だと思いながら晴美の話を聞いていた。

(晴美の軍艦の話を聞くすず 引用:https://cinema.ne.jp

その後、にわか雨に降られて防空壕に入ったすずは、中にいた周作から 晴美には久夫という実の兄がいて『お兄さん』は久夫のことだと教えてもらった。
その時良い雰囲気になり2人はキスをしたが、義両親にバッチリ見られてしまい2人とも真っ赤になった。
義両親は気にしていなかったが、周作とすずのキスを知った径子は、家族で自分だけが独り身であることを思い知らされて部屋の隅で落ち込んでいた。

それからすずは、周作とサンから径子の身の上話を聞いた。
径子は街にある黒村時計店の店主と恋仲になり結婚して、やがて久夫と晴美が産まれ、店は2人で切り盛りしていた。
そして戦争が始まって径子の夫は出征し、先月亡くなってしまった。
径子の義両親と径子は元々そりが合わなかったため、この度 離婚を決めたのだそうだ。
長男の久夫は黒村家の跡取りなので義両親に渡すしかなく、径子は落ち込んでいるという。

すずは、径子が落ち込んでいたことに気付かなかった自分に自己嫌悪を感じてしまい、落ち着きを取り戻そうと畑で港の絵を描いていたとき、突然スケッチブックを憲兵に取られて無理やり北条家に連れていかれた。
憲兵は、家にいたサンと径子を玄関に立たせて「この女(すず)は間諜(スパイ)行為をしていた!今後はしっかり見張っておくように!」と長時間にわたって説教をした。
すずは皆に迷惑をかけてしまったと罪悪感にかられていたが、憲兵が帰った後、径子とサンは大爆笑。
帰ってきた周平も憲兵のことを聞くと、没収されたスケッチブックの代わりに小さなノートを渡してすずを慰めようとしたが、やがて我慢できなくなり、周作も腹を抱えて笑った。
すずは自分が皆を笑顔にしていることが最初は嬉しかったが、後に話を聞いた円太郎も大笑いして、4人がいつまでも笑うのですずは拗ねてしまった。

Advertisement

昭和19年8月。砂糖の配給が停止された日、砂糖をうっかり水がめの中に入れてダメにしてしまったすずは、サンに促されて闇市に砂糖を買いに行くことになった。
すずは闇市に行くのは初めてだった。
そこは活気にあふれていて、畑で作るのを禁じられている作物など様々な食料が売られていることに驚きながら、すずは砂糖を探した。
店はすぐに見つかったもののとても高く、少しだけしか買えなかった。

闇市からの帰り、すずは道に迷ってしまった。
そこはお女郎さんらしき若い女性たちが多い通りで、すずは若い女性たちに道を聞いて回ったが、女性たちはこの街のことをよく知らないのか、聞いた全員がバラバラの方向を指さした。
疲れたすずがしゃがみこんで地面に絵を描いていると、リンという若い女性が帰り道を教えてくれて、ついでにここが遊郭街で、ここの女性は他所から来た人ばかりだと教えてくれた。
話しながら歩いているとスイカの話になり、リンは「昔は貧乏で人の食べ残しばっかり食べとったけど、一度親切にしてもらって赤いところを食べたなぁ」と思い出話をした。
リンの話を聞いたすずは、子どもの頃に草津の親戚の家で座敷童がスイカを食べていたのを見たことを思い出した。

遊郭の門のところまで来ると、リンは袖から紙とえんぴつを取り出して「お菓子の絵を描いてほしい」と頼んだ。
すずが絵を描きはじめるとと、リンが「※ウエハーの乗ったアイスクリームも」とリクエストしたが、すずはウエハーが何かわからなかった。
※ウエハースのことすずは「描いてまた持ってきます」と言ったが、リンは「ええよ。ここはあんたみたいな子が何度も来るとこじゃないよ」と言い、笑顔で行ってしまった。

家に戻ってから径子にウエハーのことを聞くと、径子は説明しながら砂糖が溶けた水がめの水を飲んで「味を思い出してたら水まで甘く感じる」とうっとりしたので、砂糖が溶けていることはだまっておいた。

昭和19年9月のある日の昼間。すずは周作から「忘れ物を職場まで届けてほしい」と頼まれた。
忘れ物を持って着の身着のまま出て行こうとしたら径子にしかられ、すずはキレイなモンペに着替えておしろいを塗って外に出た。
すずが周作に忘れものを渡すと、周作は「街に行こうか。持ってこさせたのは口実じゃ」とデートに誘った。
すずは嬉しくてしみじみとニヤニヤしてからデートを楽しんだ。

「この世界の片隅に すず」の画像検索結果

(周作の忘れ物を届けに来たすず 引用:https://twitter.com

Advertisement

昭和19年12月。外が暗くなった頃、立派な水平さんになった水原がすずに会うため北条家を訪ねて来た。
北条家はすずの同郷の水兵さんということで彼を歓迎した。
水原は子どもの頃とは変わって明るく朗らかな好青年になっており、がたいも良く、冬でも肌は日焼けして黒かった。
水原は食卓で「すずが嫌になったら、いつでも俺が連れ帰りますけぇ」と笑いながら挨拶してすずに殴られた後、ニコニコしながらすずについて回って、家事をしている姿を眺めていた。
周作は、いつも北条家では見せない態度を水原に見せるすずと、楽しそうな水原の様子をじっと眺めていた。※周作はすずの態度から、すずと水原がお互いに好意を抱いていたことに気が付いた。

水原はそのまま北条家に泊まることになり、周作は納屋の2階を提供した。
周作はすずに「会えるのは最後になるかもしれんから、2人でじっくり話してきんさい」とすずに※あんかを持たせた。
※あんか:燃えた炭を入れて使う暖房器具すずが外に出ると周作は家にカギをかけてしまい、その音はすずにも聞こえていた。

すずがモヤモヤしながらも納屋に上がり、水原と思い出話に花を咲かせた。
やがて水原はすずに近づいてキスしようとしたが、すずは「あんたとこうなるのをずっと待っとった気がする。でも、今はあの人(周平)に腹が立って仕方がない!ほんまにごめん!」と水原を拒んだ。
水原は「旦那が好きなんか?お前はほんまに普通じゃの」と残念がって布団に寝転がり「ほんまに連れて帰らんでええんか?無理やり嫁にされたって思っとったけど」と聞いた。
すずは首を横にふり、水原は「ならよかった」と笑った。

水原は死んだ兄の影を追って海軍に入って、人間の『当たり前』のレールから外れてしまったが、ここで普通に生きているすずを見て安心したと話した。
「お前だけはこの世界で最後まで普通で、まともでおってくれ。すず、お前べっぴんになったで!」と笑いながら、水原は家から締め出されたすずに納屋をゆずり、自分は泊まらずに北条家から立ち去った。
すずは水原に素直な気持ちを伝えられなかったことを後悔しながら『生きてここに来てくれてありがとう』と、水原がくれたサギの羽で作ったペンでノートに記した。

昭和20年2月。すずの兄 要一が戦士したと知らせを受けたすずは、周作とともに実家に戻った。
しかし、軍から渡された要一の遺品は遺骨もなく、石ころのような黒い塊1つだけで、すずたちは要一の死を全く実感できなかった。
すずは帰りの電車の中で『死んでしまったら言葉で直接相手に伝えることが出来なくなる』と思い至り、周作に感じていた不満(水原が来た日の夜の周作の行動)を伝え、喧嘩することにした。
すずがふっかけた売り言葉に周作も乗り、喧嘩は北条家に帰り着く直前まで続いた。

昭和20年3月下旬。すずが晴美と畑の世話をしていた時、空に米軍の戦闘機がいくつも飛んできた。
戦闘機は軍港に向けて攻撃を始め、空には様々な色の煙や火花が上がった。
すずは不謹慎だと思いつつもその光景が美しく見え『今ここに絵の具があれば』などと考えてしまった。
ボーっと空を見続けていると、円太郎が走ってきて2人をかばいながら畑に伏せ、やがて応戦した軍港から飛んできた空砲の破片がそこらじゅうに降り注いだ。
円太郎は畑に伏せたまま動かなくなり、すずと晴美は円太郎が死んでしまったと思った。
だが円太郎は夜勤明けで疲れていて2人をかばっているうちに眠ってしまっただけであった。
北条家に被害はなかったが、すずと晴美は「びっくりした!怖かった!」と大泣きした。
軍港は大きな被害を受けたが、その影響で死んでしまった魚がたくさん港に打ちあがったため、この辺りの家はしばらく食べるのに困らなかった。

Advertisement

それから空襲警報は昼夜を問わず頻繁に起き、その度に防空壕へ逃げ込む日々が続いた。
何度も避難しているが北条家に実害はなく、夜中に鳴った警報で晴美は「警報もう飽きた!」とごねたりした。
周囲では男性が次々に戦争に駆り出されて行き、ついに十代の男の子たちにまで招集がかかった。
その度にすずは気が重くなりながらも国旗を振って「おめでとうございます」と男の子たちを送り出した。

昭和20年5月5日。義父の円太郎が家に帰ってこなかった。
すずは夜中まで円太郎を待ち続けている周作をはげまそうとしたが、周作はその時すずに、周作自身も軍から招集がかかったことを報告した。
泊まり込みで軍事訓練を受けることになり、3カ月は家に戻れないと言う。
周作は「こんな小さいすずさんが、男がおらんくなるこの家を守っていけるかのう」と不安がった。
すずは動揺したものの、すぐに落ち着きを取り戻して「この家でずっと待ってます」と周作を抱きしめた。

5月15日。周作は軍服を着て出発し、すずは普段は付けない口紅を塗って周作を見送った。
サンは「なんか急に家が広うなった気がするね」と呟きながら、座ってできる家事を始めた。

昭和20年6月21日。行方不明になっていた円太郎から荷物と手紙が届き、頭とお腹を怪我して海軍病院に入院していたことがわかった。
みんな心配したが、生きていていることもわかり、もう退院間近だと書いてあったので胸をなでおろした。
荷物の中には壊れた時計と『修理してほしい』と径子宛てに伝言が書かれていたので、径子は「良い機会だから、晴美と一緒に下関の黒村さんとこに顔出してくるわ」と、すずとサンに伝えた。

翌日。径子と晴美が駅に行くのを見送りにすずがついて行くと、駅の切符売り場には長い行列が出来ていた。
径子が並んで切符を買っている間、すずと晴美は円太郎のお見舞いに行くことにした。
円太郎はそれなりに元気そうで、意識を取り戻したのが最近だと話した。
晴美は円太郎の隣のベッドの軍人さんから軍艦の話を聞いて盛り上がっていた。
海軍兵が大勢入院しているこの病院ではさまざまな情報やうわさが飛び交っており、軍艦大和が沈没したらしいことを知らされた。

病院を出てから、晴美が港の軍艦を見たいと言うので2人は港が見える場所を探していた。
そうこうしているうちに空襲警報が鳴り、2人は近くの防空壕に一緒に中に入れてもらった。
防空壕に入ると晴美が怖いと言うので、すずは地面に径子と晴美の似顔絵を描いてあげた。
やがてミサイルが降って防空壕の中にもものすごい爆発音が鳴り響き、すずと晴美は防空壕で耳をふさいでうずくまった。
数時間後、防空壕から出た2人は駅へ歩き始めたが、途中、晴美が壊れた防波堤から海を見ようとして立ち止まったが、そこには時限爆弾が落ちていた。
すずはすぐにその場から離れようとしたが、それと同時に爆弾は爆発した。

北条家で目が覚めたすずは、右手がなくなっていることに気付いた。
同時に、すずの枕元に座っていた径子が「この人殺し!晴美を返せ!」と泣き崩れるのを見て、晴美が死んでしまったことを知った。
すずはショックを受け、径子に泣いて謝った。
すでに退院してすずの隣に寝ていた円太郎が径子を叱って配給に行かせた後、サンは「あの子も動転しとって、本気で言うとりゃせんよ。あんたが助かっただけでも良かったと思っとるんよ」とすずの髪をときながら慰めた。
すずはあの時、晴美と左手でつないでいれば助かっていたかもしれない、自分も一緒に死んでいればよかった、などと考えながら過ごした。

昭和20年7月1日。円太郎が仕事に復帰した。
その日の夜の空襲で、北条家は初めて被害を受けた。屋根を突き破って家の中に照明弾が落ちて来たのだ。
すずが叫びながら照明弾に布団をかぶせ、水をかけて火を消すことが出来たので被害は最小限で済んだ。
この時の空襲で、すずと周作の仲人を務めた小林夫妻は自宅が全焼してしまい、北条家でしばらく一緒に住むことになった。

翌朝。井戸に水汲みに行っていたすずは、道端で「遊郭が丸焼けになったそうだ」と男たちが話しているのを聞いた。
そこに突然、軍事訓練を受けていたはずの周作がすずの前に現れた。
すずは驚いたと同時に周作の声を聴いて安心し、その場で気を失ってしまった。

数日後。怪我をしたすずの様子を見に妹のすみが北条家に来てくれた。
すみと会って元気が出たすずは、家路につくすみを途中まで送ることにした。
すみは『美男子の将校さん』のノロケ話をしたり、変わらない元気な姿を見せてくれた。
すみは将校さんに車に乗せてもらってここまで来て、帰りもどこかで待ち合わせしているらしい。
焼け野原になった呉の街を見た後、すみは「家事ができんと居りづらいじゃろう。こっちは空襲も少ないし」と、すずに広島に戻ってくるようすすめて広島に帰っていった。

7月28日。すずは周作に広島に帰ろうと思っていることを伝えた。
周作は理由を聞いて止めようとしたが、すずは答えず、周作の説得も全く聞こうとしなかった。

Advertisement

8月6日。周作と円太郎が仕事に行った後、すずは広島に帰ることを径子に伝えた。
径子は「晴美のことをすずさんのせいにして悪かった」と謝り、「すずさんの居場所はここでもいいし、どこでもえぇ。つまらん気兼ねは無しに、自分で決めなさい」と素直な気持ちを伝えた。
その時、空が一瞬白く光り、すずと径子はそれが雷だと思った。
すずは「やっぱり、ここに居てもいいですか?」と涙声ですがりついて騒いでいた時、地面が大きく揺れた。
ラジオをつけてみても何も聞こえず、すずと径子が外に出てみると、広島の方から巨大な煙がもくもくと上がっているのが見えた。
すずはその煙を見て、いつか晴美と一緒に見た『かなとこ雲』を思い出していた。
日付けでわかる人も多いだろうが、これは広島に原子爆弾が投下されて上がった煙だった。

翌日。近所の人が広島に「道路が溶けていたら靴が使えないから」と、ゾウリを届けに行くことを知って、すずも一緒に行きたいと申し出た。
長かった髪の毛をその場で短くちょん切って覚悟を伝えたが、連れていってはもらえなかった。
すずは広島に行く人に浦野家全員の名前を伝え、家族が無事でいることを祈るしかなかった。

8月9日。すずは周作から、広島に新型爆弾が落とされていたことを聞いた。
夕食後、すずは竹刀で訓練の練習をしていた周作に「ここにずっと居らせてください!」と頼んだ。
周作は「心配かけよって!この阿保!」と言いながら勢いよく竹刀を振った。

8月15日。天皇陛下から重大放送があると知らされたすずたちは、ラジオの前で正座してご近所さんたちと一緒に放送を聞いた。
それは日本が戦争に負けたことを伝える玉音放送だった。
サン、径子は黙り、ご近所さんたちは「仕方ない」と敗戦を受け止めていたが、すずは納得できず「最後の1人まで戦うんじゃなかったんかね!私の手足だって、あと3本残っとるのに!」と叫んだ。
怒りが収まらないまま井戸に水汲みに行ったすずはその帰り、家の裏で径子がひとり、晴美の名前を呼びながら泣き崩れているのを目にした。
すずはバケツを持ったまま畑に行き、悔し涙を流した。
その日はサンがどこからか白米を出してくれて、何も混ぜずに炊いた真っ白な白米をみんなで食べた。
敗戦と同時に※灯火管制も解除され、街のあちこちから明かりがともった。
※灯火管制:夜の敵の襲撃に備えて、明かりが外から見えないようにすること。
10月。周作が海軍の解体作業が終わるまで泊まり込みで働くことになり、しばらく自宅に戻れなくなった。
周作は「わしは必ず すずさんとこに帰ってくるけえ!」と言い残して仕事に向かい、すずは元気よく返事して見送った。

11月、塩や醤油がなくなったので、ご近所さんと一緒に海水をくみに港へ行った。
その時、港には沈まずに残った軍艦 青葉が浮かんでおり、すずは晴美が海で軍艦を見たがっていたことを思い出し、心の中で晴美に軍艦を見たことを報告した。
すずは水原のことも晴美のことも、思い出すときは笑って思い出そうと決め、微笑みながら家に帰った。

昭和21年1月。すずはやっと広島に戻ることが出来た。
すずの実家は原爆でなくなってしまい、妹のすみがお世話になっている祖母の家へ行った。
すみは被爆の後遺症で寝込んでいるものの、それなりには元気で安心したが、腕には放射能が原因で出来た紫色のシミが出来て「治るかなあ」不安がるすみに、すずは「治らなきゃおかしいよ!」と明るく励ました。

すずは絵が描けない代わりに『鬼いちゃん(要一のこと)が南の島にたどり着いてヤシの葉で家を作り、ヒゲぼうぼうになってワニのお嫁さんをもらう』という作り話をした。すみは嬉しそうに聞いていた。
※右手を失ってから絵を描けず、大好きだった空想を忘れていたすずだったが、すみと会って少しずつ元気になってきている。すずは、原爆で母親が亡くなり、父親も母を亡くしたショックからかその後すぐに倒れて、10月に亡くなってしまっていたことをすみから聞いた。

広島の街ではみんな、誰かが誰かを探している。

周作と落ち合うために広島の街に出て来たすずは、何回か他人と間違われて声をかけられ、その度につらい気持ちになった。
無事に周作と再会できたすずは焼けて見晴らしの良くなった街を見て回った。
残っていたとある橋に近づくと、周作は「わしらが初めて会うたんはこの橋の上じゃった」と言って立ち止まった。
ここは、すずが子どものころに街に出てきてばけもんに捕まった橋だ。
周作は、ばけもんのかごの中で会ったあの男の子だったのだ。

周作は「この橋もわしらも、変わり続けていくじゃろうが、わしはすずさんがいつでもわかる。ここにほくろがあるけえ、すぐわかる」と言い、すずの口元のほくろを触った。
すずは「ありがとう。この世界の片隅に、うちを見付けてくれて。ずっとそばにおってください」とほほえんだ。
その時2人の後ろを、かつて2人をさらおうとしたヒゲもじゃもじゃの大男が通り過ぎた。
ばけもんに気が付いて2人が振り返ると、すずには ばけもんが2人に手を振り、背中のカゴからはワニが顔をのぞかせているのが目に浮かんだ。

広島に住んでいたある母娘は原爆の被害にあい、母親は右手を失くしながらも娘を守って生き残り、娘の手をしっかり握ってしばらく歩いてきたものの、座った場所でそのまま亡くなってしまった。
女の子はずっと動かない母親の隣にいたが、やがて母親が崩れ落ちてしまったのを見て1人で歩き始め、広島駅にたどり着いた。
女の子は駅で汽車を待っているすずと周作を見かけ、右手がないすずが母親と重なった女の子はすずの隣に座った。
周作がすずに「すみさんのこともあるし、広島に住むか?」と聞くと、すずは「すみちゃんのことも心配じゃけど、呉はうちが選んだ場所ですけぇ」と答えた。
その直後、隣に座っていた女の子がすずの右手にしがみついたため、すずと周作は女の子を一緒に呉へ連れていくことにした。

(女の子を連れて帰ったすずと周作 引用:https://yaplog.jp

2人が北条家に戻ってきて女の子を見せると、サンは女の子が虫だらけなのを見てお風呂に入らせるように言い、径子は晴美の服を引っ張り出した。
これからまた、すずの呉での生活が続いていく。

エンドロール。すず、径子、女の子のその後の様子や、すずの兄 要一の子どもの頃の姿、
すずの絵で、遊女のリンが子どものころに奉公先から逃げ出して、草津のすずの親戚の家の屋根裏に逃げ込み、縁側でスイカを食べた後、おばあちゃんに浴衣を着せてもらって呉へ向かう姿
などが描かれている。

主題歌:コトリンゴ『みぎてのうた
エンディングテーマ:コトリンゴ『たんぽぽ

『この世界の片隅に』関連商品(楽天)

Advertisement

解説

 

周作と遊女のリンについて

ネタバレ注意!「この世界の片隅に」片渕監督SPインタビュー【後編】

(すずに声をかけるリン 引用:https://webnewtype.com

映画で多くは語られていませんが原作漫画では、周作は遊女のリンと結婚を考えるほどリンのことを想っていた過去があります。
ですが周作の家族はリンとの結婚に大反対。
そして周作は「子どもの頃に広島で会った浦野すずという人となら結婚してもいい。そうすればリンを諦める」と無理難題を家族に課しました。
インターネットも何もないこの時代に、何年も前に会った人を名前だけを手がかりに探すというのはかなり難しいでしょう。
周作は家族に無理難題を課して諦めさせて、リンとの結婚を承諾させようと考えていたのです。
ところが周作の思惑とは裏腹に、本気になった家族は本当にすずを見つけてしまい、結果、周作もリンを諦めて縁談話に乗らざるをえなくなりました。
このことから、円太郎の「探すのに苦労した」という発言や、周作の黙りこくった態度の理由がわかります。

すずがリンと周作の関係を知って葛藤している場面が原作ではもっと描かれていましたが、映画では周作がリンのために買ったお茶碗が倉庫にしまってあるなどの伏線はありつつも、さわり程度でとどまっています。

水原が北条親子に駅と違う道を教えた理由

Ynvcevlozposmtrlcb6m

(帰省した水原とすれ違ったすず 引用:https://frequ.jp

すずに縁談話があった日、周作と会うのがイヤだったすずは、駅とは別方向にある場所で時間を潰していたのに、周作と円太郎に出くわしてしまいました。
このとき、円太郎が「水兵さんに道を聞いたのに迷ってしまった」と言っています。

この『水兵さん』とは水原のことで、水原はこの時から既にすずを好いていました。
恐らく水原はすずに縁談を持ってきた相手の顔を見てやろうと外をうろうろしていて、帰り際の親子に道を聞かれたのでしょう。
そして水原は嫌がらせのつもりで親子に間違った道を教えました。
ですが、水原が教えた道の先には帰らなかったすずがいて親子と会ってしまうので、水原の嫌がらせは残念ながら失敗したということになります。

すずが憲兵にスパイと間違われて家族が爆笑した理由

すずが畑で港の絵を描いていた際、憲兵がすずの絵を見てスパイと勘違いして北条家に怒鳴りこみにくるシーンがあります。
家にいた径子とサンは黙って憲兵の話を聞いていましたが、憲兵が帰った後、お腹を抱えて爆笑します。

これは、すずの性格をよく知っている径子とサンにとっては、すずがスパイと間違われることがありえなかったからです。
最初はすずも「みんなにウケてるしいいや」程度でしたが、後でこの話を聞いた円太郎と周作も大笑い、すずは笑われすぎて機嫌を悪くしてしまいます。

すずが見た座敷童=リン

「この世界の片隅に アニメ 座敷童」の画像検索結果

(座敷童とそれを見たすず 引用:https://twitter.com

すずは子どもの頃に草津の親戚の家で、女の子が屋根裏から降りてきてすずたちが食べた後のスイカを縁側でかじっているのを目撃します。
すずは新しいスイカを用意して縁側に持っていきますが、女の子はいなくなってしまいました。

すずはこの時の女の子を座敷童だと思っていますが、この女の子は幼い頃のリンです。
エンドロール後の映像で描かれていますが、リンは幼い頃に売られて奉公に出され、その後奉公先から脱走して草津にあるすずの親戚の家にしばらく隠れていました。
草津の親戚はリンが隠れていることに気付きつつ黙認していました。
そしてすずが女の子に置いていった浴衣を、草津のおばあちゃんはリンにプレゼントして逃がしています。

水原の言う「当たり前」とは?

Suzu paints the scenery of a sunset by the sea, with rolling waves like white rabbits.

(水原の絵を描くすず 引用:https://reelrundown.com

水原がすずを訪ねて北条家に来た際、水原はすずに「自分は当たり前のレールから外れてしまった」と語っています。
水原は海軍に入って戦争にも参加して、いつ死んでもおかしくないような状況にいます。
水原の言う『当たり前』とは、恐らく『戦争と関係ない世界で家事などをこなしながら生活して、寿命を迎えて死んでいくこと』を指しているのでしょう。
すずが暮らしているのは決して戦争と関係ない世界ではないですが、海軍に入って戦争、戦場を目の当たりにしている水原にとっては、すずの暮らす世界が戦争とかけ離れた平和な暮らしに見えたんだと思われます。

すずが周平を好きなことを「お前はほんまに普通じゃの」と言ったのは、「妻が夫のことを好き」なのは普通のことだからです。
水原はすずが好きだったので残念がりつつも、「普通」だったすずに安心していたのでしょう。

 

すずが大事にしていた口紅

映画では遊郭の女性リンとの交流は一度しか登場しませんが、原作ですずはリンとテルという遊郭の女性と、呉の街にすずが出るたびに交流していました。
テルもリンと同じく他所からやって来た女性でしたが、空襲で亡くなってしまいます。
後にすずはテルの形見の口紅をリンから手渡され、周作と長い間離れ離れになってしまう直前などの大切な場面でこの口紅を使っていました。

ちなみにリンの死は映画では、すずが井戸に向かう途中に道端で男たちが話していた「遊郭も丸焼けになったそうだ」という会話から示唆されています。

すずの妹すみのその後は?

関連画像

(すずの祝言の時のすみ 引用:https://twitter.com

8月6日、広島にいたすみは被爆して放射能を浴び、すずがお見舞いに来た際は体調も優れず腕にはあざが広がっています。
すみのその後の詳細は語られませんが、少なくとも、この後も被爆の後遺症で苦しむことになるでしょう。
この頃はまだ放射能の恐ろしさは日本であまり知られていないですし、これは現在もですが放射能被害の治療法はありません。
すずの「治らなきゃおかしい!」という言葉が切なく響きます。

 

ばけもんの正体は

(ばけもんとかごの中のワニ 引用:http://topic-station.com

映画ではばけもんについてあまり語られませんが、原作ではこのばけもんが鬼いちゃん(要一)の成れの果ての姿ということになっています。
映画ではバケモンのかごに、すずが描いた『要一のお嫁さんのワニ』が入っていることでそれを暗に表しています。
つまり、ばけもんは特定の1人のことではなく、この頃に出没した人さらいの男たちのことを指しています。

要一は本当は死んでおらず、すずが想像ですみに話した通りどこかの国で生き残って、どうにかして広島に戻ってきました。
戻ってきたならすずやすみに連絡すればいいのにと思いますが、この時代は戦争から生きて帰って来た者は恥ずかしいという風習がありました。
人一倍プライドが高かった要一は恐らく、自分が生き残ったことを恥ずかしいと思っていたでしょうし、両親は亡くなっています。
恐らくそのために要一は生きていたことを明かさず、いつかすずやすみや知り合いたちの幸せそうな姿が見れることを願いつつ、広島で身を潜めながら生きていくことを選んだのかもしれません。

『この世界の片隅に』関連商品(楽天)