アニメ「この世界の片隅に」ネタバレ解説|リンと周作の関係、すずの口紅、ばけもんの正体など考察 | 映画鑑賞中。

アニメ「この世界の片隅に」ネタバレ解説|リンと周作の関係、すずの口紅、ばけもんの正体など考察

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ヒューマンドラマ

アニメ映画「この世界の片隅に」の解説・考察をしています!

戦時中の広島で生まれ育った少女すずの半生を描いた感動作。
昭和初期に広島で生まれ、絵を描くのが大好きなすずは18歳になる年、呉に住む4歳年上の男性 北条周作の元へ嫁に行った。
戦時中で色んなものが不足する中、すずは持ち前の機転と明るさで楽しく暮らしていたが、戦争が激化するにつれて多くの大事なものを失った。

制作年:2016年
本編時間:129分
制作国:日本
監督・脚本:片渕須直
原作漫画:こうの史代著『この世界の片隅に

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声優&キャラクター紹介


(引用:https://konosekai.jp

北條すずのん
旧姓は浦野。広島で生まれ育った少女。
非常にのんびりした性格で、絵を描くのが大好き。
北条周作との結婚を機に呉に移住した。


(引用:https://konosekai.jp

北條周作細谷佳正
すずの夫。すずとは幼い頃に偶然広島で出会い、大人になってからすずの居場所を探しだして結婚を申し込んだ。
軍法会議の書記官をしている。

 


(引用:https://konosekai.jp

黒村径子尾身美詞
周作の姉。気が強くキツイ性格で仕事も早く、自立心が強く好き嫌いが激しい。
若い頃はモガ(モダンガール)だったため人一倍お洒落。
亡くなった夫との間に子供が2人いる。

 


(引用:https://konosekai.jp

黒村晴美稲葉菜月
径子の娘。おしとやかで賢い。すずに良くなついている。
兄に教えてもらった軍艦が好き。

 


(引用:https://konosekai.jp

水原哲小野大輔
すずの幼馴染み。
兄に憧れて海軍に入った。すずに恋心を抱いている。
幼い頃は無口でぶっきらぼうだったが、朗らかな好青年に成長した。

 

浦野すみ(すずの妹)…潘めぐみ
北條円太郎(周作の父)…牛山茂
北條サン(周作の母)…新谷真弓
白木リン(遊女)…岩井七世
浦野十郎(すずの父)…小山剛志
浦野キセノ(すずの母)…津田真澄
浦野要一(すずの兄)…大森夏向
刈谷さん(北条家のご近所さん)…たちばなことね
知多さん(北条家のご近所さん、広島に草履を届けに行った)…瀬田ひろみ
堂本さん(北条家のご近所さん)…世弥きくよ
森田イト(すずの祖母)…京田尚子
マリナ(草津に住むすずの叔母)…目黒未奈
千鶴子(すずの親戚)…池田優音
ばけもん…三宅健太
憲兵…栩野幸知 ほか

アニメ映画『この世界の片隅に』は〈楽天TV〉で見られます!月額利用料無し、単品レンタル可能です。
※このページの情報は2022年4月時点のものです。最新の配信状況はサイトにてご確認ください。

あらすじ前半

昭和8年12月

広島市江波の海苔養殖師の家庭に生まれた浦野すずは「いつもボーっとしている」と言われるタイプで、絵を描くのが大好きな女の子でした。

9歳になったすずは、海苔を取引先に届けるために広島市の街に出たものの、途中で道に迷ってしまいます。

この時、すずは大きなかごを背負った、みすぼらしい身なりの大男のばけもんに捕まってしまいます。
すずは、一緒に捕まっていた少し年上の男の子とキャラメルを食べてから、知恵を振り絞ってばけもんから逃げました。

無事に家に戻ったすずは、この事件を絵に描いて妹のすみに見せると、すみはとても喜びました。


(すずが描いたばけもんの絵 引用:https://tomitoko.com

 

昭和18年12月

すずが19歳になる年です。
祖母の家にいたすずに、両親からの伝言が届きました。
なんでも「すずを嫁に欲しい」という親子が呉から来ているそうです。
※おばあちゃんとすずたちは別々の家に住んでいる。

混乱しながら自宅に向かっている途中、すずは小学校時代の同級生の水原哲と再会しました。
すずは水原が縁談相手かと思いドキドキしますが、水原は兄の七回忌で帰省していただけでした。
※水原の兄も水平さんで、戦争で亡くなっている。

自宅に着いたすずは、縁談相手の北条周作と、父 円太郎を盗み見しました。
親子は海軍で働いていて、周作は軍法会議の書記官、円太郎は広海軍工廠(航空機関の軍需工場)の技師です。
円太郎が「2人は何年も前に会ったことがあるそうですが、周作が名前しか知らんので探すのに苦労しました」と話しているのが聞こえます。
すずは周作の顔に見覚えは無かったものの、口の中にキャラメルの味が広がった気がしました。

するすると縁談話は進み、翌年の冬、すずと周作は呉の北条家で祝言をあげました。
当時の呉は港に多数の軍艦が浮かび、街も栄えていました。
北条家は街から少し離れた、街と港が見渡せる一番すみっこの小高い場所にあります。


(祝言をあげるすずと周平 引用:https://jp.ign.com

すずは、周作が祝言のごちそうに一切手を付けないことに疑問と不安を感じましたが、夜に干し柿を食べているのを見て安心しました。

翌日から、すずの朝から晩まで家事に追われる新生活が始まりました。

 

昭和19年3月

すずが嫁いで数か月後。嫁に出ていた周作の姉、径子が娘の晴美を連れて突然里帰りしてきました。
径子は当時ではめずらしく、仕事も夫も自分で決めた自立心の強い女性です。

径子はせっかちで気が強く、会うのが2度目のすずに「服装がダサい」と指摘したり、すずの動作が遅いのに苛立って、すずのしていた家事をしてしまったりするので、すずは少し肩身の狭い思いをします。

その後、北條一家の勧めで里帰りしたすずは、久しぶりに実家でのんびり過ごしました。
すみの恋バナに花を咲かせたりと楽しく過ごしましたが、すずは頭に10円ハゲがあることをすみから知らされてショックを受けました。

その後、北條家に戻ったすずが必死にハゲを隠そうとしていると、周作は気まずそうに「もう皆気づいとる」と囁きました。

 

昭和19年5月

径子と晴美は嫁ぎ先に帰りました。

国からの配給はさらに減り、家族4人の1日分の配給が干したイワシ4匹だけのような日々が続きます。

すずはご近所さんに食べられる野草を教えてもらい、食材を少しでも増やせるように考えながら料理しました。
スミレの花の味噌汁などのすずらしい料理は家族にも好評でしたが、『食料増量の法』という本に載っていた方法で調理したお米は、量は水分でかさ増しして驚くほど増えたものの、味や食感は何とも言えない代物になりました。

 

昭和19年6月

呉の街では※建物疎開が始まって空き地がどんどん増えていきます。
※建物疎開:空襲による火災などの被害を最小限にするため、建物を壊して空き地にすること。

北条家は取り壊しの対象外になり事なきを得る中、また径子と晴美が戻ってきました。

径子の嫁ぎ先の黒村家が建物疎開の対象になって家が無くなったので、この機会に離縁したと明かして皆を驚かせました。

 

昭和19年7月

黒村家の木材を使って北条家の真横に防空壕を作りました。
この日すずは、周作から径子の家庭事情や、晴美には久夫という兄がいることを教えてもらいました。

時計屋だった径子の夫は戦争で亡くなり、彼女と義理の両親は元々関係が良くなかったので離縁しましたが、久夫は跡取りだからと奪われてしまい、径子は落ち込んでいると周作は語りました。

すずは、径子が落ち込んでいると気付かなかったことに自己嫌悪しました。

その後、すずが畑で絵を描いていると、憲兵にスパイと勘違いされる珍事件が起きました。
憲兵がサンと径子に長時間の説教をして帰ったた後、径子とサンは大爆笑しました。

帰ってきた周作も円太郎も腹を抱えて笑うので、すずは拗ねてしまいました。

 

昭和19年8月

砂糖の配給が停止された日。すずは砂糖をうっかり飲み水用の水がめの中に落としてしまい、サンにお金をもらって初めて闇市に行きました。

闇市は活気にあふれていて、国が畑に植えるのを禁じている野菜も沢山売られていました。
砂糖はすぐ見つかりましたが、とても高くて少ししか買えませでした。

闇市からの帰り、すずは遊郭街で道に迷った末にリンという遊女と知りいました。

リンは遊郭の門まで道案内してくれたので、すずはお礼にお菓子の絵を描いてプレゼントしました。

 

昭和19年9月

ある日の昼間。すずは周作から「忘れ物を職場に届けてほしい」と頼まれました。
着の身着のまま出ようとしたら、径子に「身なりが汚い」と叱られたので、すずはキレイなモンペに着替えて径子におしろいを塗ってもらいました。

すずが周作に忘れものを渡すと、周作は「じゃあ、街に行こうか。忘れ物は口実じゃ」と言いデートに誘いました。

商店街には水平さんが沢山いたので、すずは久しぶりに水原を思い出しました。


(周作の忘れ物を届けに来たすず 引用:https://twitter.com

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あらすじ後半

昭和19年12月

円太郎が夜勤で不在の夜、立派な水平さんになった水原が すずを頼って北条家を訪ねて来ました。

水原は寡黙だった子どもの頃とは変わって明るく朗らかな好青年に成長していました。

水原は「すずが嫌になったら、いつでも俺が連れて帰りますけぇ!」と冗談を言ってすずに殴られた後も、始終嬉しそうにすずが家事をする姿を眺めていました。

水原はそのまま北条家に泊まることになり、周作は水原に納屋の2階を提供しました。
周作は「会えるのは最後かもしれんから、ゆっくり話してきんさい」と言い、すずに※あんかを持たせました。
※あんか:燃えた炭を入れて使う暖房器具
すずが外に出ると、周作は玄関のカギをかけてしまいます。
施錠音が聞こえたすずは周作の意図を理解して苛立ちました。

すずは納屋に上がって水原と思い出話に花を咲かせました。
やがて水原がすずにキスしようとすると、すずは「私はあんたとこうなる日を待っとった気がする。でも、今はあの人(周平)に腹が立ってそれどころじゃない!」と拒みました。

水原は残念そうに「連れて帰らんでええんか?無理やり嫁にされたと思っとったけど」と聞くと、すずは首を横にふりました。

水原は海軍に入って人間の『当たり前』のレールから外れてしまったけれど、ここで普通に生きているすずを見て安心したと話しました。

その後、水原はすずに寝床を譲って出て行きました。
すずは水原がくれたサギの羽で作ったペンで『生きてここに来てくれてありがとう』とノートに記しました。

 

昭和20年2月

戦争に行ったすずの兄 要一の訃報を受けたすずは、周作と一緒に広島の実家に行きました。

軍から渡された要一の遺品は、石ころのような謎の小さな黒い塊1つだけだったので、すずたちは要一の死を実感できませんでした。

すずは帰りの電車で『死んでしまったら相手に気持ちを伝えられなくなる』と思い至り、周作への不満(水原が来た日の周作の行動)をぶつけて初めて夫婦喧嘩をしました。
喧嘩は北条家に帰り着く直前まで続きました。

同年3月下旬

すずと晴美が畑にいると、空に米軍の戦闘機がいくつも飛んでくるのが見えました。
米軍機が日本の戦艦の浮かぶ港に攻撃すると、空に様々な色の煙や火花が上がります。
すずは不謹慎だと思いながらも、その光景が美しく見えて『この空の絵が描きたい』と考えてしまいました。

すると、円太郎が猛スピードで走ってきて2人をかばいながら畑に伏せました。
次の瞬間、応戦した港から飛んできた空砲の破片がそこらじゅうに降り注ぎました。
円太郎がすずと晴美に覆い被さったまま動かなくなったので、2人は円太郎が死んでしまったと思い大慌てで助けを呼びました。

後で円太郎は仕事に疲れて眠っていただけだとわかると、すずと晴美は「怖かった!」と大泣きしました。
軍港は大きな被害を受けましたが、その影響で死んでしまった魚がたくさん港に打ちあがり、しばらく食べ物に困らずに済みました。

それから空襲警報は昼夜問わず頻繁に起き、その度に防空壕へ逃げ込む日々が続きますが、北条家に被害はなかったので晴美が「警報飽きた!」とだだをこねる程平和でした。

5月

5月5日。円太郎が帰宅せず、周作には軍から招集がかかって戦争に駆り出されることを知りました。
泊まり込みで軍事訓練を受けるため、3カ月は家に戻れないと言います。
すずは「この家でずっと待ってます」と周作を抱きしめました。

5月15日。周作が軍服姿で出発するのを、すずは普段は付けない口紅を塗って見送りました。

 

昭和20年6月21日

行方不明になっていた円太郎から荷物と手紙が届き、頭とお腹を怪我して海軍病院に入院していたことがわかりました。
荷物の中には壊れた時計と『修理してほしい』と径子宛ての伝言があったので、径子は晴美と一緒に元義両親と久夫の居る下関に行くことにしました。

翌日。径子と晴美を見送りにすずがついて行くと、切符売り場に長い行列が出来ていました。
径子が切符を買う間、すずと晴美は円太郎のお見舞いに行きました。
円太郎はそれなりに元気そうで、意識を取り戻したのが最近だったと話しました。

海軍兵が大勢入院しているこの病院では戦争に関する噂が飛び交っていて、すずは軍艦大和が沈没したという噂を耳にしました。

病院を出てから空襲警報が鳴ったので、2人は近くの防空壕に入れてもらいました。
晴美が「暗くて怖い」と言うので、すずは地面に径子と晴美の似顔絵を描いて見せました。

数時間後、防空壕から出て駅に向かっている途中、2人のそばに落ちていた時限爆弾が爆発しました。

北条家で目が覚めたすずは、右手を失ったことと、晴美が死んでしまったことを知りました。
「お前のせいだ」と泣き叫ぶ径子に、すずはただただ泣いて謝り続けました。

サンは「径子はあんたが助かっただけでも良かったと思っとる」とフォローしますが、すずは『晴美と左右が逆だったら、私が死んで晴美が助かっていたかも』、『自分も一緒に死ねばよかった』という考えが頭から離れなくなりました。

同年7月

7月1日。円太郎が職場復帰しました。
その日の夜の空襲で、北条家の屋根を突き破って、家の中に照明弾が落ちて来ました。
すずが必死で照明弾を消火したので、被害は最小限で済みました。

この時の空襲で、すずと周作の仲人を務めた小林夫妻は自宅が全焼してしまい、北条家でしばらく一緒に住むことになりました。

翌朝。井戸に水汲みに行ったすずは「遊郭が丸焼けになったそうだ」と男たちが噂しているのを聞いて、リンが心配になりました。

そこに突然、軍事訓練中のはずの周作が現れました。
すずは驚くと同時に、安堵感からその場で気を失いました。

数日後。怪我をしたすずのお見舞いに妹のすみが来てくれました。
一緒に焼け野原になった呉の街を見た後、すみは「家事ができんと居づらいじゃろ。しんどかったらいつでも戻っておいで」と言って帰りました。

7月28日。すずは周作に広島に帰ろうと思っていることを伝えました。
すずは理由も言おうとせず、周作の説得も全く聞こうとしませんでした。

8月

8月6日。周作と円太郎が仕事に行った後、すずは広島に帰ることを径子に告げました。
径子は「晴美のこと、あんたのせいにして悪かった。つまらん気兼ねは無しに、あんたが居たい場所に居ればいい」と答えます。

その時 空が一瞬白く光ったので、すずと径子は雷かと思いました。
すずは「やっぱり、ここに居てもいいですか?」と泣きながら径子に聞いていると、地面が大きく揺れました。

すずと径子が外に出てみると、広島の方から巨大な煙が上がっているのが見えました。
広島に原子爆弾が落ちたのです。
すずはその煙を見て、いつか晴美と一緒に見た『かなとこ雲』を思い出しました。

翌日。町内の人々が「道路が溶けていたら靴が使えないから」と、広島に草履を届けに行くことになりました。
すずも行きたいと立候補しますが、怪我人だからと却下されたので、広島に行く人に家族全員の名前を伝えて安否確認をお願いしました。

8月15日。すず達はラジオの前で正座してご近所さんたちと一緒に天皇陛下の言葉を聞きます。
それは日本が戦争に負けたことを伝える玉音放送でした。
ご近所さんたちは「仕方ない」と受け止める中て、すずは納得できず「最後の1人まで戦うんじゃなかったんかね!私の手足だって、あと3本残っとる!」と叫びました。

その直後、外に出たすずは家の裏で径子が晴美の名前を呼びながら泣き崩れているのを見ました。
すずは晴美とよく一緒に過ごした畑で悔し涙を流します。

その日はサンが緊急時用に隠していた白米を食べさせてくれました。
敗戦と同時に※灯火管制も解除され、街のあちこちに明かりがともりました。
※灯火管制:夜の敵の襲撃に備えて、明かりが外から見えないようにすること。

結末

11月。塩や醤油がなくなったので、すずはご近所さんと一緒に海水をくみに港に行きました。
その時、港に浮かぶ唯一生き残った軍艦『青葉』を見て、すずは晴美と水原を思い出しました。

昭和21年1月。すずはやっと広島に帰省できました。
すずの実家はなくなってしまい、妹のすみは祖母の家に居ます。
すみは被爆の後遺症で寝込んでいるものの、それなりには元気でしたが、腕には放射能が原因で出来た紫色のシミが出来ていました。
すずは「治らなきゃおかしい!」とすみを励まします。

すずとすみの母は原爆で亡くなり、父も心労で倒れて10月に亡くなっていました。
すずは絵が描けない代わりに『鬼いちゃん(おにいちゃん・要一のこと)が南の島にたどり着いてヤシの葉で家を作り、ヒゲぼうぼうになってワニのお嫁さんをもらう』という作り話をして、すみを笑わせました。

広島の街ではみんな、誰かが誰かを探しています。
周作と待ち合わせて広島の街に出たすずは、何回か他人と間違ってて声をかけられて、その度につらい気持ちになりました。

無事に周作と合流すると、焼けて見晴らしの良くなった街を見て回ります。
焼けずに残っていた橋に近づくと、周作は「わしらが初めて会うたんはこの橋の上じゃった」と立ち止まりました。

ここは、すずが子どもの頃に『ばけもん』に捕まった橋です。
ばけもんに一緒に捕まった男の子が周作だったことに、すずは今更気付きました。

すずは周作に「ありがとう。この世界の片隅に、うちを見付けてくれて。ずっとそばにおってください」とほほえみました。
その時、2人の後ろを『ばけもん』が通り過ぎす。
すずには、ばけもんが背を向けたままこちらに手を振り、背中のカゴからはワニが顔をのぞかせているのが目に浮かびました。

広島に住んでいた、とある女の子と母親は原爆の被害にあい、母親は右手を失くしながらも娘と逃げようとしますが、休憩のために座った場所でそのまま亡くなってしまいました。

女の子は1人で歩き続けて広島駅にたどり着き、右手の無いすずを見つけると隣に座りました。
女の子がすずにしがみついたため、すずと周作は女の子を呉に連れて帰ることにしました。

北条家に帰ると、サンも径子も女の子を歓迎して晴美の服を着せました。
これからまた、すずの呉での生活が続きます。

エンドロールはすず、径子、女の子が楽しく暮らしている様子や、要一の子どもの頃の姿、リンが子どもの頃に奉公先から逃げ出して、草津のすずの親戚の家の屋根裏に逃げ込み、縁側でスイカを食べた後、おばあちゃんにすずの浴衣を着せてもらって呉に向かう姿などが描かれています。

主題歌:コトリンゴ『みぎてのうた』
エンディングテーマ:コトリンゴ『たんぽぽ』

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解説・考察や感想など

水原が北条親子に間違った道を教えた理由


(引用:https://frequ.jp

すずに縁談話があった日、周作と会うのがイヤだったすずは、駅とは別方向にある木の上で時間を潰していたのに、周作と円太郎に出くわしてしまいました。

このとき、円太郎が「水兵さんに道を聞いたのに迷ってしまった」と言っています。
この『水兵さん』は水原のことで、水原はこの時から既にすずを好いていました。

恐らく水原は、わざわざ呉からすずを捜しに来た男の顔を見てやろうと外をうろうろしていて、帰り際の親子に道を聞かれたのでしょう。
そして水原は小さな嫌がらせのつもりで親子に間違った道を教えました。

ですが、水原が教えた道の先には帰らなかったすずがいて親子と会ってしまうので、残念ながら嫌がらせは失敗したことになります。

 

径子「広島に帰ったら?」

里帰りした径子がすずに「広島に帰ったら?」と言ったのは、「離婚して広島に帰れ」という意味でした。

径子の口調から意味を察した円太郎、サン、周作がとっさに「里帰りしてきたら?」と話を逸らしたので、すずは雰囲気に違和感を覚えつつ径子の意図に気付きませんでした。

恐らくせっかちな径子はいつもマイペースでのんびりしている(ように見える)すずが気に入らないのもあり、径子自身が黒田家と離婚して実家に戻るつもりだったようなので、径子が家事すればすずは必要ない(食費がかさむだけ)と判断したのでしょう。

身勝手な気もしますが、径子は長男を黒田家に取られてしまったばかりだったので、優しいすずに八つ当たりしてしまったのかもしれません。

 

周作と遊女のリンについて


(引用:https://webnewtype.com

映画で多くは語られていませんが原作漫画では、周作は遊女のリンとの結婚を真剣に考えていた過去があります。
ですが、周作の家族は遊女である彼女との結婚に反対します。
すると周作は「子どもの頃に広島で会った『浦野すず』という人となら結婚してもいい。そうすればリンを諦める」と家族に条件を出しました。

インターネットもないこの時代に、名前だけを手がかりに個人を探すというのはかなり難易度が高いです。
周作は家族に難しい条件を出して諦めさせて、リンとの結婚を承諾させようと考えていたのです。

ところが周作の思惑とは裏腹に、本気になった家族は本当にすずを見つけてしまい、結果、周作は縁談話に乗らざるをえなくなりました。
このことから、円太郎の「探すのに苦労した」という発言や、周作の黙りこくった態度の理由がわかります。

周作が祝言のごちそうに手を付けなかったのは、最後の反抗だったのでしょう。

すずがリンと周作の関係を知って葛藤している場面が原作ではもっと描かれていましたが、映画では周作がリンのために買っていたリンドウ柄のお茶碗が倉庫にしまってあるなど伏線はありつつ、核心には触れずにとどまっています。

次のページに続きます!

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