映画『ロストケア』解説考察|原作との違い、元ネタの事件、ホームレス、タイトルの意味など | 映画の解説考察ブログ - Part 2

映画『ロストケア』解説考察|原作との違い、元ネタの事件、ホームレス、タイトルの意味など

※この記事にはPRが含まれています。
※この記事にはPRが含まれています。
ロストケア クライムドラマ

2ページ目

大友と斯波の口論

ロストケア

@2023映画『ロストケア』製作委員会

犯行について「正しいことをした」と言う斯波の態度にいら立った大友は、斯波を論破して考えを改めさせようと口論しますが、考えの甘さを見抜かれて逆に論破されてしまいました。

大友は「お前は介護から逃げるために父親を殺したのだ」と責めますが、大友自身は介護を経験したことがなく、親は高級老人ホームに居て月に1度会う程度です。
介護をしたことがない人に言われても何の説得力もありませんし、恐らく斯波は大友が介護をしたことがないと見抜いて冷笑しました。
斯波を「介護から逃げる」と責めるなら、大友自身も介護から逃げているし、父親に至っては見殺しにしています。
大友が斯波に激怒するのは、両親に対する罪悪感が彼女の心にあったからでもあるのです。

また、大友の「お前も父親も、死を望んだのではなく命を諦めたのだ」という言い分も、斯波からすれば今の社会の仕組みでは「命を諦めないよりも諦めた方がマシ」だったからそうしただけで、諦めなくて済む選択肢があるなら諦めたりしなかったのです。

大友が斯波に食ってかかっていると、斯波は「あなたは人殺しは罪だと言うが、あなたは私を殺すために今こうして尋問している これってなんかおかしくない?」と言います。
大友の「救いも尊厳も生きていてこそのもの」「いかなる理由があっても命を奪ってはいけない」などの発言は、斯波を死刑にしようとしている大友の行動と矛盾するからです。
たしかに斯波は死ぬべきだと思う老人を殺してきて、大友もまた斯波は死ぬべきだと思っているから死刑に向けて手続きしているので、「死刑=国家による殺人」とすると、そこにどんな違いがあるのかわからなくなりますし、違法でさえなければ何をしていいのかという疑問も生まれてきます。
日本の法律は「どんな理由でも故意に人間を殺すのは罪」なのに、死刑制度はその理屈には当てはまらないことに矛盾を感じ、アメリカのルイス・パウエル元判事の言葉「死刑制度は原理上どんなに魅力があっても、実際の運用は司法制度全体への不信を招く」がまさに起きているように思います。

大友の言い分は斯波の言う通り「安全地帯から社会の穴に向かって現実を無視した説教を垂れている」ようにしか聞こえず、大友は完全に敗北してしまいました。




ロストケアは『救った』のか『殺した』のか

この口論の後、大友は調書を取るためにロストケアの被害者遺族の羽田洋子(坂井真紀)に会い、親を殺されてどう思うかを聞くと、羽田は「救われた」と答えました。
大友が「過酷過ぎる介護から救われたという意味か」と聞くと、羽田は「そうです」と答えます。
羽田はロストケアによって救われたと感じた1人であり、斯波の思想の正しさを証明することになりました。

一方で、もう1人の被害者遺族だった梅田の娘(戸田菜穂)は、裁判で斯波に「人殺し!」と叫んで退廷させられました。
彼女の声もまた意見のひとつであり、梅田の娘にとってロストケアは救済ではなく身勝手な殺人にほかならないのでしょう。
ただ、梅田の娘はまだ心の整理がついていない可能性もあり、時間が経って落ち着いた時に改めてどう感じるのかはまだわかりません。

 

原作小説との違い

映画と原作小説との違いを簡単に紹介していきます。

大友は男

映画の大友秀美は長澤まさみ演じる女性検事でしたが、原作小説では『大友秀樹』という名前の男性検事でした。
また映画では老人ホームに入った大友の親は母親でしたが、小説では老人ホームに入ったのは大友の父で、母親は既に亡くなっています。

ケアセンター八賀と大友の母の老人ホームは同じ経営母体

大友の母が入所していた高級老人ホーム『フォレストガーデン』と、斯波が勤務していたケアセンター八賀(小説では『フォレスト八賀ケアセンター』)は、2社とも『フォレスト』という急成長中の介護ベンチャー企業の系列で、全国各地に事業所がありました。

小説では『フォレスト』のいくつもの事業所で報酬の水増し請求などの違法行為が発覚して大きなニュースになります。
この違反の背景には介護保険制度が抱える問題が絡んでいましたし、この程度の違法行為は大抵の介護事業者はやっていて、むしろやらなければ経営が続けられないと言えるレベルでした。
フォレスト側も「そこまで厳しい罰はないだろう」とふんでいましたが、政府はフォレストに厳しい処罰をくだして営業停止に追い込みます。
フォレストは大企業だったせいか、見せしめにされたのです。
政府はいとも簡単にフォレストを営業停止にしましたが、一番困ったのは利用者である介護が必要な老人たちでした。

一方で高級老人ホーム『フォレストガーデン』は経営を介護保険に頼っておらずほぼ無関係のため名前を変えたりする程度で生き残り、やはり大友が『安全地帯』にいることが強調されます。

また、小説にはフォレストの社員で大友の高校時代の同級生だった佐久間という男がいて、彼も人間味のある面白いキャラクターでしたが、映画には登場せず残念でした。
佐久間は表向きは大友の友人でしたが、真面目で正義感の強すぎる大友を実は嫌っていて、大友の実家があるエリアのフォレストの顧客情報をオレオレ詐欺グループに売りさばくなどしていました。
佐久間はフォレストの不正が発覚して経営が危うくなった頃に退職し、その後は詐欺グループの仲間に加わって悪に染まってしまいます。

斯波の事件とは直接関係はなかったですし、フォレストの不正も絡めると話が複雑になり過ぎるのでカットされてしまったのかもしれませんが、介護業界が抱える問題なども小説には丁寧に書かれているので、興味のある方はぜひ読んでみてください。

殺されたセンター長 団啓司(井上肇)

映画では、団はロストケアの被害者だった梅田老人宅に侵入して窃盗中、同じく梅田老人を殺していた斯波と鉢合わせ、もみ合いになって階段から落ちて首の骨を折って死亡しました。
斯波は団の死体を梅田宅に放置しています。

原作小説では、斯波はケアセンターの事務所で預かっている1人の利用者の鍵が合鍵にすり替わっていることに気付き不審に思います。
斯波はすり替わっていたカギの家付近で張り込みを続けていると、ある日の深夜にセンター長の団がその家にカギを使って入っていくのを目撃しました。
斯波は団が老人の家から荷物を持って出て来たところを問い詰めると、団は斯波に襲いかかってもみ合いになり、最終的に団が倒れて頭を強く打ち、そのまま死んでしまいました。
斯波は団の死体を団の車のトランクに入れ、団の車を運転して付近の山中に置き去りにしました。

ヘルパー窪田由紀(加藤菜津)の辞め方

映画では、斯波に憧れる真面目な新人ヘルパーだった窪田由紀は、斯波が逮捕されたことが分かると、大きなショックを受けて会社を辞めてしまいました。

原作小説では、窪田は真面目過ぎる性格があだとなって心を病み、上司に何の連絡や相談もなく飛んでしまいます。
窪田は男性利用者の入浴介助中に老人から卑猥な言葉を浴びせられた時、切れて「くそじじい!」と何度も叫んで老人を叩いてしまったのです。
窪田は自分のしたことが信じられずショック状態になり、そのまま仕事に来なくなってしまいました。

 

斯波にとっては逮捕も計画の一部だった

映画ではあまり明確には言われませんでしたが、小説で斯波は、斯波自身が死刑になることで初めて社会に問題提起できると考えていたことがわかります。
斯波はキリストが自らの死によってキリスト自身の思想を世界に広めた手法を真似て、斯波自身も自分の思想を広めるためには死刑になる必要があると考えていたのです。
斯波はロストケア事件が世間に広く知られることによって福祉制度の在り方を考えなおしてもらい、将来的には『社会の穴』が無い日本になってほしかったのです。




現実に起きた類似の事件紹介

斯波の父親との過去やロストケア事件と、実際に日本で起きた介護に関する事件を紹介します。

まず、斯波が辛すぎる介護生活の末に父親を殺した事件は、2006年に起きた『京都伏見介護殺人事件』を思い出さずにはいられません。
当時54歳だった男性Aが、介護による生活苦を理由に認知症の母親86歳を殺害した事件です。

Aの父親は1995年に他界し、同じころ、当時75歳だった母親に認知症の症状が出始めて介護が必要になります。
当時43歳だったAは母親と同居してデイケアを利用しながら介護と仕事を両立してきましたが、母の認知症が悪化するにつれ両立は難しくなり、2005年には仕事を辞めざるを得なくなりました。

Aに貯金はなく、介護と両立できる仕事も見つからず、収入源が母親の年金と失業保険だけになると数カ月で金銭的に破綻しました。
困ったAはカードローンで借金し、生活保護の申請を3度試みますが、失業保険を理由に許可はおりませんでした。
やがて失業保険が打ち切られ、借金もできなくなると家賃も払えなくなります。
Aは2006年1月末でアパートを引き払うことにし、1月31日に残ったお金を使って母親と2人で京都を観光しました。

2月1日の早朝、自宅に帰りたがる母親に、Aはお金がなくアパートにも帰れないことを告げると、母親はAに謝って「一緒に死のう」と言いました。
Aは心中を決意して別の場所に移動してから母親の首を絞めて殺した後、自分も包丁で自殺をはかるものの失敗し、そのご母親の死体が見つかって2月2日に逮捕されました。

Aは裁判で「生まれ変わってもまた母の子に生まれたい」と供述し、裁判関係者や傍聴人にも同情から涙ぐむ人が見られました。
裁判官は「母親の同意を得ていたとはいえ刑事責任は軽視できない」としてAに懲役2年6ヶ月、執行猶予3年の判決を下しました。
この時裁判官は「裁かれているのは日本の介護制度や行政であり、とりわけ生活保護の相談窓口の対応が問われていると言っても過言ではない」とも発言しています。

Aは刑期を終えたあとは滋賀県で一人暮らしをしていましたが、2014年(当時62歳)に自殺してしまいました。
Aと斯波の心情を重ね合わせずにはいられません。

 

また、斯波が行った『ロストケア』の内容は、2016年の『相模原障害者施設殺傷事件』を彷彿とさせていたように思います。

この事件はご存知の方も多いでしょうが、神奈川県相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で、元職員の植松聖が施設入所者19人を刺殺した大量殺人事件です。
植松は計画的に深夜の施設に侵入して入所者を次々に刺し、施設職員が警察を呼んだことを察すると逃亡しましたが、その後すぐ警察署に自首して逮捕されています。

植松は犯行動機を「障害者はいらない」「他人と意思疎通のとれない障害者は国のためにも安楽死させるべき」と持論を展開して世間の注目を集めました。
2020年3月に死刑判決を受け、現在は東京拘置所に収容されています。

植松聖は逮捕後の精神鑑定で自己愛性パーソナリティ障害など複数の人格障害者と診断されていて、性格的にもロストケアの斯波とは全く異なりますが、犯人に罪の意識が無いという点では類似性があると思い紹介しました。

 

以上です。この記事がお役に立てていたらハートマークを押してもらえると嬉しいです(^ ^)




関連記事

参考サイト様一覧

 

感想などお気軽に(^^)

タイトルとURLをコピーしました