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メタファー:ダンテの『新生』のソネット
目覚めた時 彼女は燃える心臓をその手から食べた 歓びは私から去った
レクターはオペラ鑑賞でパッツィ夫妻に会った時、妻アレグラにダンテの詩『新生』のソネットをプレゼントしました。
アレグラが「男はたった一度会った女にそんなに心を奪われる?」と聞くと、レクターは「日々彼女への飢えを感じ、彼女を見ることが魂の栄養となる」と答えます。
この『彼女』はクラリスしか考えられず、レクターの彼女に対する思いが込められている発言です。
クラリスに手錠をかけられた後のレクターの行動が、この時語った思いが真実であることを示しています。
一方で、ヴァージャーが語った『彼女の苦しむ姿が奴には魅力』『相手を堕落させ苦しめるのが奴の目的』などのレクターの性格分析が的外れだったことも意味します。
サムソンの謎、ライオンの中の蜜
ヴァージャーがクラリスを謹慎処分に追い込むために用意したハガキには『俗物どもはなぜ君を理解できないのか 君がサムソンの謎の答えだから ライオンの中の蜜』と書かれていました。
これはハンニバル・レクターがクラリス宛てに書いた本物のハガキでしたが、ヴァージャーが先回りして手に入れて悪用しました。
サムソンは旧約聖書に登場するイスラエル人で、神から超人的なパワーを与えられた人間です。
サムソンはイスラエル人と敵対するペリシテ人の女性に恋をして、結婚にこぎつけます。
結婚式で花嫁の親族連中に侮辱されて頭に来たサムソンは、当時貴重だった衣類を賭けて花嫁の親族にクイズを出しました。
そのクイズ(サムソンの謎かけ)が『食らう者から食い物が出、強い者から甘い物が出た』です。
花嫁の親族は意地でも正解したがりますが、わからないのでサムソンの嫁を脅して答えを聞きだすと、それは『ライオンの中の蜜』でした。
サムソンは結婚式の少し前、人食いライオンに襲われたので神パワーでライオンを殺し、その後また同じ場所を通りかかった時、ライオンの死骸にハチが巣を作っているのを見つけて、ハチミツを持ち帰って家族と分け合って食べた経験を元にナゾナゾを出していたのです。
花嫁の親族は答えも答えの意味もわからなくて当然で、このクイズはサムソン本人にしか答えがわかりえない意地悪クイズでした。
つまり葉書の内容は『クラリスを真に理解できるのは私(ハンニバル・レクター)しかいない』という意味で、クレンドラーが言っていた通りラブレターだったのです。
ヴァージャーがクレンドラーを使ってクラリスを追い詰めたのはなぜか
ヴァージャーが証拠を捏造してクラリスを停職に追い込んだのは、フィレンツェから姿をくらましたハンニバルが確実にクラリスの所に行くように仕向けるためです。
ヴァージャーはハンニバルについて『人が苦しむのを見るのが好き』『クラリスに好意がある』と分析していたので『クラリスが苦しめば、ハンニバルは彼女が苦しむ姿を生で見るために必ずクラリスの周囲に現れる』と予想しました。
結果としてハンニバルはヴァージャーの思惑通りクラリスの前に現れましたが、恐らくハンニバルはクラリスが苦しむ姿を見に来たのではなく、彼なりに彼女を助けるために現れています。
ハンニバルが本当に人の苦しむ姿を見るのが好きかどうかはわかりませんが、筆者は違うと思っています。
原作小説との違い:ヴァージャーの死に方
原作小説と映画ではヴァージャーの死に方がかなり違っていたので紹介しておきます。
映画では、専属医コーデルがヴァージャーをイノシシに食わせて殺しました。
小説でヴァージャーを殺すのは、映画には登場しないヴァージャーの実の妹マーゴです。
マーゴは幼少時からヴァージャーに性的虐待を受けて育ち、ヴァージャーがハンニバルの被害に遭ったことで虐待から解放された人物ですが、虐待が強く影響して女性らしさを捨ててしまい、男性ホルモンを過剰摂取するボディビルダーになりました。
さらに男性が愛せないことから同性愛者になり、両親から勘当され、両親の死後、遺産は全てヴァージャーが受け継ぎました。
マーゴはヴァージャーを心底憎み、復讐のチャンスを伺うため『兄に協力する健気な妹』のフリをしていつもそばにいましたが、ヴァージャーが決めた遺産相続の条件がネックで殺せずにいました。
マーゴは遺産も狙っていたものの、ヴァージャーは子どもがいないのに『実子にしか遺産相続させない』と決めていたからです。
ハンニバルがヴァージャーに捕まった時、ハンニバルはマーゴに『ヴァージャーから簡単に精子を取り出す方法』を教えて「全部私がやったことにすれば良い」とささやきました。
マーゴはヴァージャーから精子を奪ってから顎を粉砕し、ペットの巨大アナゴを口に放り込んで殺し(アナゴは危険を感じると狭く暗い場所に隠れる習性があります。アナゴはヴァージャーの体内に隠れようとしました)、死ぬのを見届けてからハンニバルの髪の毛を死体の近くに置きました。
マーゴのその後は描かれませんが、マーゴの恋人の女性の卵子とヴァージャーの精子を人工授精し、恋人にヴァージャーの実子を産ませて家族になり、遺産を手に入れ復讐が完了すると思われます。
レクターがクラリスに好意を抱く理由、カニバリズムに目覚めた原因
原作小説には、レクターがクラリスを気にかける理由や、人肉食に目覚めた原因と思われる過去が書かれています。
レクターは幼少時に戦争が原因で両親と妹を失いました。
最初に両親が死に、取り残されたレクターと妹ミーシャは脱走兵に捕まって他の戦争孤児と一緒に閉じ込められてしまいます。
脱走兵は食べ物に困り、動物が取れない時は捕まえていた子どもを食料にしていました。
そしてミーシャは彼らに選ばれ食べられてしまったのです。
レクターは食べられた後のミーシャの残骸を見たトラウマを抱え、彼女を守れなかったことを何よりも後悔していました。
そしてレクターは、クラリスにミーシャの面影を見て重ね合わせている様子が描かれています。
また、バーニーはレクター博士がクラリスを好きなのは、彼女が人並み以上の勇気と克己心を持っているからだとも語っています。
レクターはなぜクレンドラーを食べた?
レクターが人を食べるのは『無礼で苛立たしい相手を侮辱するため』でした。
レクターはクレンドラーが苛立たしいから食べることにしたのです。
なぜ苛立たしいと思ったのかはクラリスと関係しています。
レクターがクレンドラーの存在を知ったのは恐らく、クラリスに関するニュースでクレンドラーが取材にされた報道番組からです。
レクターはボルチモアに行った後、どうやってかクレンドラーの自宅を突き止めて近くで待機していました。
あの時クレンドラーはヴァージャーから『クラリスに証拠隠蔽の罪をでっち上げて欲しい』と依頼されていました。
もしかしたらレクターは、ただクレンドラーが自宅から出るのを待っていただけでなく、この時の会話を盗聴していたのではないでしょうか。
クレンドラーはいわばヴァージャーのスパイで、クラリスが情熱をかける『仕事』を彼女から奪ったのでこれだけでも腹立たしいですが、さらに、レクターはクレンドラーに女性蔑視の傾向も感じ取り、愛しのクラリスをいやらしい目で見ていることも想像出来て、苛立たしさマックスになったのではと推測しています。
ちなみに原作小説では、レクターはクラリスから直接クレンドラーの話を聞き、犯行を思い付いています。
原作小説との結末の違い
原作小説と映画では、ラストの流れが大きく変えられています。
当初制作陣は小説通りの脚本を予定していましたが、クラリスを演じたジュリアン・ムーア側が小説通りの結末に難色を示したため、制作陣が妥協した形で映画のラストに変えられたそうです。
原作小説では、レクターは気絶したクラリスを連れてヴァージャー邸から逃げた後、クラリスに特殊な薬を使い催眠療法を応用して数カ月かけて洗脳し、2人は恋愛関係になります。
親密な関係になったことでレクターは妹ミーシャの死を克服し、クラリスは父の死を克服して数年は幸せな生活を送ります。
レクターはクラリスを知り尽くして完全に支配出来ないことを悟りますが、そこも彼女の魅力と感じて洗脳を助ける薬を使うのも、催眠療法を行うのもやめます。
レクターはクラリスが洗脳から目覚めた時、どう行動するか(レクターを警察に突き出すか、殺すか、パートナーであり続けるか)楽しみにしながらこれまで通りの愛ある生活を続けます。
クラリスは洗脳が既に解けているようにも思える行動を取り、葛藤していることが仄めかされて、結局どうするつもりなのかはわからないまま小説は終わります。
映画のラストも好きですが、原作小説を読んでしまうと、確かに小説の方が胸糞悪さがありますが深みがあって面白いと思いました。
以上です!最後まで読んでいただきありがとうございました。
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参考サイト様
アートバイブル:サムスンの結婚と謎かけ
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