映画『ファーザー』の解説・考察をしています!
パッケージ的に感動系かと思っていたら騙されました(笑)
この作品は映画『メメント』のように観客が病を疑似体験する作りになっているので、作中で現実と妄想の区別や時系列の正解は明かされません。
このような構成になっている理由は、恐らく現実の世界では認知症の方が『正解』を知ることは出来ないからです。
正しい過去の時系列や、本当はどれが誰の発言だったのかなど、脳内補正全開で時系列を整理、現実と妄想の区別をしてみようと思います。
※筆者の個人的な予想のため、正しいかどうかは不明です。
個人的な見解としてお楽しみ頂ければと思います。
映画『ファーザー』概要紹介
原題:The Father
制作年:2020年
本編時間:97分
制作国:イギリス
監督:フローリアン・ゼレール
脚本:フローリアン・ゼレール、クリストファー・ハンプトン
原作:舞台『Le Pere 父』
あらすじ
ロンドンに暮らす80代の独居老人アンソニーは、娘のアンが連れてくる介護ヘルパーを次々に拒絶しては「1人で暮らしていける」と言い張ってアンを困らせていました。
ヘルパー3人目のアンジェラから介護拒否された日、アンはアンソニーに「恋人とパリで暮らすことになり、今までのように毎日来られなくなるから、これ以上ヘルパーを拒否するなら老人ホームに入ってもらうしかない」と告げました。
アンソニーはアンが自分を置いて引っ越してしまうことにショックを隠せません。
ある日、アンソニーの自宅のソファに突然見知らぬ男が座っていました。
驚くアンソニーに、男は『アンの夫』だと言い、困った様子で携帯を取り出してアンを呼びます。
数分でアンが帰宅しますが、彼女もまたアンソニーが見知っているアンではありませんでした。
主要キャスト
©NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINE-@ ORANGE STUDIO 2020
アンソニー…アンソニー・ホプキンス
認知症が進行しつつある80代の老人。
「1人で何でもできる」と豪語するが、実際には要介護者。
娘のアンが連れてくる訪問ヘルパーをことごとく拒絶してアンを困らせる。
©NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINE-@ ORANGE STUDIO 2020
アン…オリヴィア・コールマン
アンソニーの娘。父アンソニーを献身的に介護するが、アンソニーの傍若無人ぶりに精神的疲労が溜まりつつある。
・その他のキャスト
ポール…ルーファス・シーウェル
ローラ…イモージェン・プーツ
女…オリヴィア・ウィリアムズ
男…マーク・ゲイティス
サライ医師…アイーシャ・ダルカール ほか
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まずは時系列整理
私が恐らくこうではないかと考える時系列は以下です。
アンソニーは昼間ヘルパーを付けてひとり暮らししてもらう予定だったが、アンの引っ越しの直前にアンソニーとヘルパーのアンジェラが衝突し、アンジェラが辞めてしまう。
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アンはアンソニーを置いて行けず一緒にパリに連れてきて、新しいヘルパーが見つかるまでの間ポールと3人で暮らすことに。
※「夜6時以降は私がいる」という発言から、アンはもし問題なければアンソニーを在宅介護で看取っても良いと思っていた。
※パリに連れてきていることをアンはアンソニーにあえて伏せていたか、説明しても忘れていた。
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引っ越し作業が済んで新しいヘルパー候補者ローラを見つけるまでに数か月かかった。
※何度もヘルパーが変わっていることを理解してもらえて、イギリス英語が話せる人を探すのに苦労した。
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【青いシャツの日】ようやくローラとアンソニーを会わせるが、アンソニーは失礼極まりない態度を取るので、アンは「在宅介護看は無理」と判断。買い物に出かける。
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アンソニーはいまだにポールを覚えられない。
アンがチキンを買っているとポールからヘルプの電話。
帰宅すると、アンソニーはアンの顔も判別出来なかった。
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夕御飯の支度中、アンソニーが腕時計盗難疑惑をポールに向ける。
怒ったポールがアンソニーに突っかかる。
この時のやりとりで、アンソニーが時間の感覚も狂っていることが判明。
耐えかねたポールは「施設に入れるしかない」とアンに忠告。
アンは罪悪感とのはざまで悩んだが、ロンドンの老人ホームに入らせることを決意。
↓
【ベージュシャツの日】サライ医師に電話して施設探しをお願いした。
同じタイミングで、ローラには断わりの連絡を入れたと思われる。
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【白いシャツの日】アンソニーはロンドンの老人ホームに入れられ、アンはパリに戻った。
アンソニーは老人ホームに居ることもわからず、ローラが来てくれると期待していた日の前後をずっと繰り返している。
補足:アンソニーがアンとパリに住んでいたと考えたのは、ラストでキャサリンが「アンとポールは数か月前からパリに住んでいる」、「アンソニーが老人ホームに来たのは数週間前」と言っていたからです。
偽ポールの発言について
©NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINE-@ ORANGE STUDIO 2020
最初に登場したポールは、ラストでビルという名前の老人ホーム職員(恐らく介護士)だったことが判明します。
ビルはアンソニーを虐待していると思われる人物でした。
アンソニーが腹が立つようなことを言うと、ビルはわざと混乱させるような振る舞いをしたり、時には暴力を振るって絶対的優位に立つことで憂さ晴らししていたと思われます。
そして、ビルの態度はアンソニーの症状の悪化につながっています。
偽ポールは『信用できない語り手』認定したので、ビルの『アンとポールは結婚10年以上』という発言はアンソニーを混乱させて楽しむために適当ぶっこいていたと判断しています。
現実と妄想の区別
偽ポールが最初の方から出てくるので、本編でのアンソニーの体験は、恐らくラスト以外はほとんどが『アンソニーの過去の追体験』、『夢』、『情報不足を補うシーン』のどれかだったと推測しています。
アンソニーは『夢と現実と過去の追体験』の区別がついていません。
時系列がごちゃごちゃになっているのは過去の追体験が混ざっているからです。
『補足のためのシーン』はアンソニーが出てこないので、恐らく本当にあった会話や出来事で、貴重な状況整理のヒントです。
次はストーリー順に考えてみます。
アンがパリに引っ越すと告げる~偽ポール&偽アン登場
冒頭の、アンジェラとの衝突を怒るアンから「恋人とパリで暮らす」と告げるシーンは恐らく事実で、アンソニーの追体験です。
そのあと現れる偽ポールは、実際には老人ホーム職員のビルがアンソニーの部屋に巡回に来ていただけですが、アンソニーはフラットに居ると思いこんでいて、ビルの顔も覚えていないので、フラットに見知らぬ男がいるように見えています。
この時に偽ポールがイラついた表情をするのは、アンソニーがまた全て忘れていたり、老人ホームを悪く言うからです。
この後、偽ポールに呼ばれて偽アンが帰宅します。
玄関に立っている偽アンは『過去の追体験(幻)』です。
この時のアンがキャサリンと入れ替わっていたのは、認知症による混乱が原因でしょう。
そして、アンソニーが座った後に再び現れる偽アンは、リアルタイムで『アンソニーが怒鳴ったために駆け付けた介護士キャサリン』です。
キャサリンにチキンの話が通じないのは、アンソニーに過去と現実の区別がついておらず、過去の出来事をついさっき起きたことと勘違いしてキャサリンに話していたからです。
夫の話の時に出ていた『5年以上前に離婚』は、アンではなくキャサリン自身の情報と思われます。
『ジェームズ』は老人ホームの他の職員の名前なのでしょう。
アーサーの「ここは私のフラットだよな?」という質問に偽アンが答えないのは、ここが老人ホームだからです。
電話するアン~ローラ登場
©NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINE-@ ORANGE STUDIO 2020
アンが電話しながら帰宅して、キッチンのテーブルに買い物袋を置きます。
この時アンが置いたのは、1つ前のシーンでアンソニーが紅茶を入れる時に触っていた買い物袋と同じものです。
この時アンが話していた相手は、恐らく『親戚などの家族』です。
その後ローラが登場して、アンソニーは彼女がもう一人の娘ルーシー(アンの妹)に似てると上機嫌ですが、毒舌を披露してその場を凍り付かせます。
アンソニーがルーシーだけを可愛がり、アンは下に見ていたことも浮き彫りになり、アンが長年傷付いていたことがわかります。
アンの殺人妄想~本物のポール登場
アンがアンソニーを殺す想像をするシーンは、アンが抱えるストレスの大きさを示しています。
ローラとアンに対するアンソニーの態度で、アンは「父と暮らすのは無理」と判断しました。
部屋の内装も少しずつ変わってきます。
アンソニーのフラットとアンのアパートは同じ部屋の内装を変えて撮影したらしく、細かすぎて伝わらないのも多いですが、印象的だったキッチンは、冒頭に出てきたキッチンとはタイルや棚の色が違います。
↓
©NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINE-@ ORANGE STUDIO 2020
この直後に本物のポールが登場します。
アンが「さっき、父は私がわからなかった」と言うのに対して、電話の相手には「この前、父は私がわからなかった」と言っているので、時系列的には電話が後になります。
アンソニーがポールに「いつまで私達をイラつかせる気です?いつまでここに居座る?」と言われるのは『過去の追体験』で、過去に本当に言われた言葉なのでしょう。
病院
アンソニーはサライ医師の診察を何度も受けていると思うので、こちらは追体験かその時本当に行っていたのかは不明です。
どちらにしても、この時の『パリの話』は『チキン』と同じで過去と現在の混同によるものなので、認知症が進行していると診断されました。
アンがチキンを買う~アンとポールの口論
アンがチキンを買っていた時、ポールから電話があり急いで帰宅します。
この時初めてアンソニーに『アンの顔の見分けがつかない』症状が出ました。
ポールはアンソニーから腕時計盗難疑惑もかけられたので、事態を深刻に見て「病気だから施設に預けるべき」とアンに告げます。
しかし、ローラと顔合わせしたばかりだったことや、アンが抱く『父を施設に入れることへの罪悪感』から口論になります。
夕食の席では、ポールが「アンとイタリア旅行に行く予定だったのに、あなたがアンジェラと揉めたせいで旅行が無くなった。それからあなたはここに住み着いた」と責めます。
住み着いた話は他の人からも言われているので恐らく真実で、アンはアンソニーを置いて旅行に行けず、旅行をキャンセルしてアンソニーをポールと住んでいるマンションに連れてきていたのです。
サライ医師に電話するアン~ローラと偽ポールのビンタ
サライ医師に電話しているアンの服が違う(ベージュのシャツ)ので、今までの青いシャツとは日が変わっています。
アンはこの時は既にアンソニーを施設に入れる決意をしていて、その旨の電話なのでしょう。
廊下の隅に重ねられているイスは病院の待合室にあったイスと同じものなので、アンソニーは今日も老人ホームをフラットと間違えています。
アンソニーが指摘していた『ルーシーが描いた絵』も、フラットと勘違いしているための発言です。
アンソニーはフラットにルーシーの絵を飾っていたようですが、そもそも住む場所が変わっていることに気付かず絵を勝手に変えられたと思ったのです。
そしてこの時に登場する2回目のローラは実際にはキャサリンですが、アンソニーにはローラに見えています。
理由はローラの服が1日目と全く同じなのと、散歩に誘う口調がキャサリンと同じですし、何よりも偽ポールが登場するからです。
話が逸れますが、アンソニーが「私は知的だ」と言った後のお薬飲み忘れは笑ってしまいました。
偽ポールによるビンタは『過去にポールから受けた暴力の追体験』ではなく、老人ホームでビルがアンソニーにビンタしていたと思われます。恐ろしき。
この後ローラと偽ポールは消えて、本物のアンとポールが登場します。
ただしアンの衣装が青シャツなので、時系列は『アンソニーがポールに腕時計盗難疑惑をかけた直後』に遡っています。(アンソニーの脳内で)
ポールとアンソニーの間にも暴力があったのかは謎ですが、2人は別れていないので可能性は低いでしょう。
もしかしたらアンソニーが無理に時計を見ようとして、ポールが振り払った直後だったのかもしれません。
アンソニーが時間もわからなくなっていることが判明し、一人暮らしも同居ももう難しいとアンが確信したのも恐らくこの時です。
その後のアンが黒いパジャマを着ているシーンは、アンがアンソニーを施設に入れることを決めたとポールに告げた時です。
引っ越しの形跡は、アンの住まいからアンソニーの荷物を片付けたこと(もしかしたらロンドンのフラットの荷物も)を示唆しています。
病院にいたルーシー~老人ホーム入居~種明かし
©NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINE-@ ORANGE STUDIO 2020
アンソニーが病院でルーシーを見るのは夢ですが、これも過去の事実で、彼女は若い頃に事故で亡くなっていたのです。
しかし、アンソニーはルーシーの死が受け入れられず記憶から消しているようで「ローラが病院に居る夢を見た」と記憶をすり替えています。
無意識ではルーシーが死んだことはわかっているのに、認めたくないという思いがルーシーをローラに変えてしまったのでしょう。
翌朝、アンソニーはローラが来てくれる日だと思っていましたが、キャサリンが現れて動揺します。
この日アンは白いシャツを着ていたので、アンソニーは老人ホームに入った日を追体験していました。
そしてアンが「私はパリに引っ越すのよ」と言い、冒頭のパリの話が再び出てきました。
その後、目覚めたアンソニーはお世話に来たキャサリンに、ここに数週間前から住んでいることや、アンは数か月前からポールとパリで同棲していることが明かされますが、アンソニーは信じません。
キャサリンは「毎日説明していますよ」と言いながら、アンソニーにアンが送ってくれた絵ハガキを見せました。
その後、アンソニーは今日ローラが来てくれると勘違いしたり、老人ホームを自分の家だと勘違いしています。
ここは客観的な目線になっているので、老人ホームのままで人が入れ替わったりもしません。
部屋に現れたビルの気持ち悪いウィンクを見てアンソニーは妄想が加速し、自分の名前もわからなくなり「ここから出たい 早くママを呼んで 助けて」と駄々をこねます。
ビルを見てアンソニーの調子が悪くなるのも虐待を暗示しています。
「全ての葉を失っていくようだ 枝や風や雨 何が何だかわからない」は、アンソニーが初めて認知症を自覚した発言だったのではないでしょうか。ここ泣きました。
哀れに思ったキャサリンはアンソニーを抱き寄せて「今日はお天気が良いから2人きりで公園を散歩しましょう」と優しく囁きます。
アンソニーが着替えを拒むのは、鬱症状と思われます。
キャサリンの「良いお天気は続かない」で締めくくられ、アンソニーが失ってしまった豊かな葉っぱが揺れる木の枝の映像で終わります。
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後半は『時計を盗まれる症状』『コーヒーの贈り物』『その他伏線』についてです!
感想などお気軽に(^^)
時系列などとても理解しやすい内容でした。ありがとうございます。
ビルから受けた虐待はアンソニーが介護士にしたフィジカルな虐待を示していたのかとおもいこんでましたがそんなことはなかったです。
シャツの色や暗喩表現など情報の多さに惑わされるのに先を見れてしまう映画でした。
すごくわかりやすかったです。