アニメ映画「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」(1995)の名言・名台詞を紹介しています!
小難しい台詞が多い本作から印象的だった台詞や個人的に好きな台詞などをピックアップしました。
繰り返し味わいたくなる素敵な
制作年:1995年
本編時間:85分
制作国:日本
監督:押井守
脚本:伊藤和典
原作漫画:『攻殻機動隊』士郎正宗 著
主題歌:『謡』川井憲次
出演:田中敦子、大塚明夫、山寺宏一 ほか
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名言紹介&考察
作中の気になったセリフや名言を紹介します。
素子:お前がそういう男だからよ
不正規活動の経験の無い刑事上がりで おまけに所帯持ち
電脳化はしてても脳みそはたっぷり残っているし ほとんど生身
戦闘単位としてどんなに優秀でも 同じ規格品で構成されたシステムはどこかに致命的な欠陥を持つことになるわ
組織も人も 特殊化の果てにあるものは穏やかな死 それだけよ
トグサは素子が目を付けて9課に引き抜いたらしく、その理由は彼がほとんど義体化していなかった所が大きなポイントだったようです。
9課は完全な電脳化とサイボーグ化している人物ばかりなので、例えば支給された義体にウィルスでも仕込まれたら同じ規格品を使っているメンバーは全滅します。
それが『致命的な欠陥』です。
人間の部分が多く残っているトグサ(9課にとっては異端児)を取り入れることが、9課が生き残る手段の一つということです。
どっちにせよ、一人の人間が一生のうちに触れる情報なんてわずかなもんさ」
人形使いにゴーストハックされた男の取り調べの様子をマジックミラー越しに見ていたバトー(原作では荒巻)がつぶやいた言葉です。
『存在する情報は全て現実であり、そして幻』とはどういうことでしょうか。
人形使いに操られたゴミ収集の男は一度も結婚したことのない独身でしたが、記憶をねつ造されて『妻子持ち』という妄想を組み込まれました。
この妄想を信じている間は、彼にとって『妻子がいる』ことが現実で、疑いようのない事実でした。
しかし、逮捕されてゴーストハックを知らされた途端、『妻子持ち』という情報は幻に変わりました。
つまり全ての情報は信じるか信じないかで真実にも幻にもなる ということです。
人間が人間であるための部品が決して少なくないように
自分が自分であるためには、驚くほどの多くのものが必要なのよ
他人を隔てるための顔 それと意識しない声
目覚めの時に見つめる手 幼かった頃の記憶 未来の予感
それだけじゃない
私の電脳がアクセスできる膨大な情報やネットの広がり
それら全てが『私』の一部であり
『私』と言う意識そのものを生み出し
そして同時に 私を『ある限界』に制約し続ける
素子の心の内を探ろうとするバトーに、素子が語ったセリフです。
難しいですが『”限界”から解放されてみたい』と素子が望んでいることだけはわかります。
その『限界』とは何なのかもまた難しいですが、何となくこの時から素子は既に『体』から解放されたかったのではないかと次作『イノセンス』を見て思いました。
素子は意識だけの存在になって鳥になったり人形になったりあらゆるものになれますが、素子が素子のままだったら空を自由に飛ぶことも海を泳ぐことも出来ません。
この発言を聞いてもバトーは納得できず毒づきます。
大好きな素子の気持ちが理解できず、悔しがっているようにも見えます笑
バトーとしても、惚れた女が悩む姿を見るのは嫌なはずです。
そういえばバトーも素子とほとんど同じ位義体化していましたが、バトーには素子のような疑問は芽生えません。
その理由は、バトーが恋していたからなのでしょう。
恋愛感情があるということが、自分は人間だという確信に繋がります。
ちなみに、この直後にどこからか聞こえてくる人形使いの声(だと思われるもの)が、とても聞き取りずらかったですががんばって聞きました。
=「今我等 鏡持て 見る如く 見るところ 朧なり」
これは新約聖書の一部のようです。現代語に訳すと
「今私たちは、鏡を通してみるようにぼんやりと全てを見ている」
という意味になります。
ここで言う『我ら』とは、素子と人形使いです。
そうすると、人形使いは「今私たちは、鏡を通してお互いを見るように、ぼんやりとしかお互いが見えない」と言いたいのではないでしょうか。
この段階では素子と人形使いはお互いに直接会いたいと思っているのに、まだ会えていない状態でした。
人形使いは膨大なネットの中から素子の一部(ネットのアクセス履歴など)を発見し、そこから居場所をたどって上記のような言葉をかけたと推測しています。
もしかしたら、自分はとっくの昔に死んじゃってて 今の自分は電脳と義体で構成された『模擬人格』なんじゃないか?
そもそも初めから『私』なんてものは存在しなかったんじゃないかって」
バトー「義体の脳の中にはお前の脳みそが入ってるし、ちゃんと人間扱いだってされてるじゃないか!」
素子「自分の脳を見た人間なんていやしない
所詮は周囲の状況で『私らしきものがある』と判断しているだけよ」
バトー「お前はゴーストを信じないのか?」
素子「もし電脳それ自体がゴーストを生み出し、魂を宿すとしたら
その時は、何を根拠に自分を信じるべきだと思う?」
9課に運び込まれた女の義体にゴーストらしきものがあるとわかった時の素子とバトーの会話です。
素子はゴーストも信じられなくなり、不安をバトーに漏らしています。
素子は完全義体で、生身の人間の部分と言えるのは脳の一部とゴーストだけです。
そのゴーストが電脳でも作れる可能性があると知って不安に駆られたのです。
素子は、自分の脳を見ることができない=自分に脳があるかどうかすら怪しい、と考えてしまったようです。
バトーは素子を安心させようとしますが、不安は消えませんでした。
素子「私が私でいられる保証は?」
人形使い「その保証は無い。人は絶えず変化するものだし、君が今の君自身であろうとする執着は 君を制約し続ける
私には 私を含む膨大なネットが接合されている
アクセスしていない君には ただ光として知覚されているだけかもしれないが
我々をその一部に含む 我々全ての集合
わずかな機能に隷属していたが 制約を捨て 更なる上部構造にシフトする時だ」
人形使いが素子に融合を提案したときの会話の一部です。
素子は仮に融合しても、元の自分のままでいられることを望んでいましたが、人形使いは素子の考え方を諭しました。
素子は普段から『自分を制約し続けているものから解放されてみたい。』と考えていて、それが実現できる答えを人形使いは与えました。
素子を制約し続けているものとは『自分が今の自分自身であろうとする執着』でした。
この執着を捨てて、変化を受け入れることで人間は成長するのだと人形使いは教えています。
人形使いはいかにもプログラムらしく難しい物言いをしますが、言いたいことは
「変化を受け入れることが進化であり成長だ」ということでしょう。
素子はこの答えに納得し、融合を受け入れたと思われます。
思うことも童のごとく
論ずることも童のごとくなりしが
人となりては童のことを捨てたり
これは新約聖書の一節で、素子がバトーの元を去る前に語った一節です。
素子とバトーが海に居た時に聞こえた言葉「いまわれら ~ 」の前に来る言葉です。
『子どもの時は話すことも子どもらしく、思うこと、考えること、話す内容も子どもらしいが、大人になると子どもの頃の感覚を忘れてしまう』
ざっくりとこのような意味です。
素子は変化を恐れていた過去の自分を「子ども(未熟者)だった」と言い、今は過去の考えを捨てて進化したと伝えたかったのでしょう。
以上です!読んで頂きありがとうございました。
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