『風立ちぬ』ネタバレ解説・考察|原作小説についてなど | 映画鑑賞中。

『風立ちぬ』ネタバレ解説・考察|原作小説についてなど

ヒューマンドラマ(青春)

宮崎駿監督の長編引退作品。
第二次世界大戦の時代を生き抜いた飛行機設計家の堀越二郎と、同時代に活躍した小説家、堀辰雄の小説が融合した物語。

制作年:2013年
本編時間:126分
制作国:日本
監督・脚本:宮崎駿
原作:モデルグラフィックス『風立ちぬ』宮崎駿
関連:ロマンス小説『風立ちぬ』『菜穂子』堀辰雄

キャスト&キャラクター紹介

堀越二郎庵野秀明

頭脳明晰、スポーツ万能、正義感が強く、飛行機が大好きな青年。
東京帝国大学卒業後は設計家として三菱内燃機に就職し、多くの飛行機設計に携わった。
飛行機のことばかりで女っ気は全く無かったが、学生時代に起きた関東大震災の日に出会った菜穂子と数年後に再会して恋に落ちる。

里見菜穂子瀧本美織

裕福な家庭のお嬢様。
関東大震災の時に二郎に助けてもらい、お礼出来なかったことがずっと心に引っかかっていた。

 
カプローニ野村萬斎
イタリア人の飛行機設計家。
二郎が憧れる人物で、夢の中だけに現れる。
本庄西島秀俊
二郎の大学、会社の同期で親友。いつも不機嫌そうな顔をしている。
お互いに良きライバルとして高め合う。

 

・その他のキャスト

二郎の母…竹下景子
加代(二郎の妹)…志田未来
お絹(菜穂子の侍女)…渋谷はるか
黒川(二郎の上司)…西村雅彦
黒川夫人…大竹しのぶ
服部課長(二郎、黒川の上司)…國村隼
菜穂子の父…風間杜夫
カストルプ…スティーブ・アルパート ほか

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あらすじ前半

大正5年(1916年)。堀越二郎少年(庵野秀明)は夢を見た。
自分で作った飛行機で近所の空を飛んでいると、雲の切れ間から大きな飛行船が現れて、それにぶら下がっていた大量の爆弾のような不気味にうごめく物体の1つが二郎の飛行機に直撃し、二郎は地面に向かって落下した。

二郎はとても勉強が出来て運動神経もよく、誰からも愛される優秀な少年だった。
正義感が強く、弱い者いじめの現場を見かけると、駆けていっていじめっ子をやっつけるような立派な人格の持ち主でもあった。
ただひとつ、二郎の悩みは極度の近視があることだった。

ある夜、二郎は屋根の上で空を眺めていて、そのまま寝てしまった。
夢の中で、二郎は先生から借りた飛行機の雑誌で見た設計家のカプローニ伯爵(野村萬斎)と会った。
空には彼が設計した飛行機が沢山飛んでいた。
カプローニは二郎を旅客機に乗せると「戦争が終わったら、こいつを作るんだ。豪華だろ?今度は爆弾ではなく客を乗せるんだ!」と楽しそうに語った。
二郎が「近眼でも飛行機の設計は出来ますか?」と質問すると、カプローニは「いいか、日本の少年よ。飛行機は戦争の道具でも商売の手立てでもない。飛行機は美しい夢だ!設計家は夢に形を与えるのだ!」」と笑った。
二郎は元気よく「はい!」と答えた。


(夢の中で出会った二郎少年とカプローニ博士 引用:https://www.cinematoday.jp

目が覚めた二郎は、そばにいた母(竹下景子)に「僕は飛行機の設計家になります。美しい飛行機を作りたい!」と話し、母は「立派ね」とほほ笑んだ。

大正12年(1923年)、東京帝国大学(現東京大学)工学部の学生になっていた二郎はその日、汽車に乗っていた。
実家のある群馬から東京に向かっている途中だった。
連結部分の屋外で本を読んでいた二郎は、風で飛んでしまった二郎の帽子をキャッチしてくれた少女 里見菜穂子(瀧本美織)と出会った。
二郎がお礼を言うと、菜穂子がフランス語で「le vent se lève」と言ったので、驚きながら「il faut tenter de vivre」と返した。
これはフランスの有名な詩人ヴァレリーの詩で「風立ちぬ いざ生きめやも(風が吹いた 私たちは生きなければならない)」という意味だった。

その数分後、後に関東大震災と名付けられる大地震が起きた。
揺れが落ち着くと、誰かが「逃げろ!爆発するぞー!」と大声で叫び、人々は荷物を抱えていっせいに逃げ出した。
菜穂子と侍女のお絹(渋谷はるか)が逃げ遅れていることに気付いた二郎が2人に近づくと、お絹の足の骨が折れて動けなくなっていた。
二郎は「汽車は爆発なんてしませんよ」と言いながら、応急手当てをするとお絹を背負って歩き出した。
菜穂子は自分の荷物を捨て、二郎の荷物を持って後に続いた。
その後も何度か余震が続き、その度に人々は立ち止まって身を守り、揺れが鎮まるのを待った。
あるお寺の庭にたどり着くと、二郎は菜穂子に道案内を頼んで菜穂子の屋敷に走り、助けを頼んだ。
お絹が無事に雇人におぶられると、二郎は名乗ることもなく立ち去った。

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約2年後。少しずつ通常の生活を取り戻していた二郎は、親友の本庄(西島秀俊)や同級生たちと共に飛行機設計の勉強に励んでいた。
ある日、二郎が大好きな鯖の骨と飛行機のフォルムの共通点について話していた時、学校の事務員に「荷物が届いてます」と呼ばれた。
中身を確認すると、震災の際に二郎がお絹の手当てに使った道具や衣類だった。
事務員が「ついさっきでした」と言うので二郎は急いで外に出てみたが、お絹の姿はもうなかった。

その日の夕方。下宿に戻ると使用人が「若い女性がお見えです」と言うので、お絹かもしれないと期待して部屋に入ると、居たのは妹の加代だった。
二郎は震災後、一度も実家に帰っていなかったので、加代は我慢できなくなり会いに来たという。
加代がいつまでも不機嫌なので、二郎は謝りながら加代を遊覧船に連れていった。


(二郎の下宿先を訪れた加代 引用:https://twitter.com

二郎がお絹の話を加代にすると、加代は「その方、きっとお兄様のことが好きよ」と笑った。
船に乗った時、加代が「私、医学の勉強がしたくて大学に行きたいのに、私が女だからってお父様が許してくれないの」とこぼした。
二郎は「加代なら医者に向いてると思う。今度帰省したとき、俺からお父様に話してみるよ」と約束すると、加代は喜んだ。

昭和2年(1927年)。二郎は大学を卒業し、期待の新人として本庄と一緒に名古屋にある三菱内燃機製造株式会社(現 三菱重工)に入社した。
この頃の日本は経済恐慌と関東大震災の影響で、大不況の最中にあった。
銀行や企業は不良債権を抱えて次々に倒産。路頭に迷う人々が増える一方だった。

4月。初出社した二郎は、上司の黒川(西村雅彦)に「本来なら3月中に顔出しくらいするのが常識だ」と文句を言われつつ部屋に案内され、すぐに一式戦闘機『隼』の主翼の取り付け金物の設計を任された。
『隼』は陸軍から依頼で現在作られている最中のものだった。

その日の昼休憩。本庄とお昼を食べた二郎は、制作中の『隼』を見学するために一緒に工場を訪れた。
まだほとんど骨組みの隼を見てみると、すでに取り付け金具が付けられていたのを見て、二郎は黒川に実力を試されていたことを知る。
その金具を見た二郎は「これじゃだめだ。新人の俺と同じ設計だもの」とぼやいた。

昼休憩の後、二郎は独断で全く新しい金具の設計をして黒川に「勝手にするな」と叱られた。
二郎の設計図を見た服部課長は「きれいな線を描くな」と褒めた。

終業後、二郎と本庄が外に出ると、飛行機の試運転用の広い敷地に牛が放たれていた。
完成した飛行機を牛で運ぶことを二郎に教えた本庄は「恐るべき後進性だよ」と感想を付け加えた。

その後、完成した試作品の『隼』初号機の飛行実験が行われた。
飛行速度が時速270kmだとわかると、黒川は「遅い!もっと早くできるはずだ!」と叫んだ。
続けて、上空から地面にほぼ垂直に飛行する動力降下の速度を測る実験中、翼が風圧に耐えきれなくなり粉々に空中分解した。

雨の中、隼初号機の部品を拾っていた黒川に、二郎は「部品の回収は雨が止んでからにして、早く2号機を作りましょう。私は、今日の実験で目の前の道が開けたような気がしました」と打ち明けたが、黒川は「2号機は無い。陸軍は他の企業との契約がすでに決まっていたようだ。
今日はその契約をひっくり返すチャンスだったが、失敗した。
我々は、次はドイツのユンカース社(航空機メーカー)から爆撃機の依頼を受けているので、そっちに取り掛かる。小型機の依頼は当分あるまい。
ドイツへの出張は君を推薦しておいた」と答えた。

下宿に帰宅後、ドイツの出張に本庄も一緒に行けることを知り、二郎は喜んだ。
本庄は「貧乏な国が飛行機を欲しがる。だがそれで俺たちは飛行機を作れる。矛盾だ!
そうだ、俺は明日東京に出て嫁を貰ってくる。
本腰を入れて仕事するために所帯を持つ。これも矛盾だ!」と皮肉を言って二郎の部屋から出ていった。

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その年の冬、二郎と本庄はドイツに行き、ユンカース社でG38という大型旅客機を見学し、その完成度の高さに圧倒された。
ユンカースの社員は二郎と本城を歓迎しておらず、技術を盗まれるのを嫌がって飛行機の中には入れてくれなかった。
二郎がドイツ語で見学することの正当性を訴えていると、ユンカース博士が現れて、二郎たちに飛行機の中を見せる許可を出してくれた。
飛行機の内部を見た二郎と本庄は、その素晴らしさに圧倒されるばかりだった。


(旅客機を観察する二郎と本庄 引用:https://benio25250.hatenablog.com

ホテルの部屋に入った後、本庄は「全く素晴らしい!日本はドイツの技術に20年は後れを取ってる!いつか追い越してやる!」と悔しがった。
二郎は居眠りのつもりで熟睡してしまい、日の丸の印のある大型爆撃機が墜落する夢を見た。

その後、三菱の本社から電信があり、本庄はユンカース社に残って研究を続け、二郎は西回りで日本に帰国するようにという指示があった。
西周りは帰国するには遠回りだが、そこには二郎に世界を巡って視野を広げて欲しいという願いが込められていた。

二郎が汽車の中でウトウトしていると、夢にカプローニ博士が現れた。
カプローニが「私の引退飛行を見せてやる」と言い二郎を汽車の外に連れ出した。
『引退』という言葉に驚きながら二郎が汽車から飛び降りると、目の前に広がる草原にカプローニが設計した新しい爆撃機があった。
二郎が「日本は技術が未熟です。とてもこんな物は作れません」とこぼすと、カプローニは「設計に必要なのはセンスだ。センスは時代を先駆ける。技術は後からついてくるものだ。」と励ました。


(夢の中のカプローニと二郎 引用:https://www.cinemacafe.net

その後、カプローニは二郎を翼の上に案内しながら「ピラミッドのある世界と無い世界、どっちが好きだ?」と聞いた。
二郎が質問の意図を聞き返すと、カプローニは「空を飛びたいという人類の夢は呪われた夢だ。飛行機は殺戮と破壊の道具になる宿命を背負っている。それでも、私はピラミッドのある世界を選ぶ」と言う。
二郎は「私は美しい飛行機を作りたい」と答えた。
カプローニは「創造的人生の芸術の持ち時間は10年だ。それは芸術家も設計家も同じだ。君の10年は力を尽くして生きなさい!」と激励した。

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あらすじ後半※ネタバレしてます

二郎が三菱に入社して5年が経ったある日。
二郎は海軍からの艦上戦闘機の制作依頼書の設計チーフに大抜擢された。
二郎は「チームに本庄が欲しい」と頼んだが、黒川は「同僚がチームにいると亀裂を生むぞ。それに、本庄には別の仕事がある」と却下した。

その後、二郎は黒川に連れられて空母に行き、実際に艦上戦闘機に乗って改善点などのチェックを行った。

数か月後、二郎はひとりで長野県の軽井沢のホテルに休暇に訪れていた。
二郎が設計した艦上戦闘機は動力降下の圧力に耐えきれず空中分解して、その後スランプに陥っていたからだ。
二郎は草軽ホテルで、関東大震災の時に助けた菜穂子と偶然再会した。
菜穂子は「ずっとお礼が言いたかった」と涙を浮かべた。
一緒にホテルに戻る途中、お絹は現在結婚して、先日2人目の子どもを産んだと菜穂子は嬉しそうに話した。


(雨の中をホテルに戻る二郎と菜穂子 引用:https://nounai-backpacker.hatenablog.jp

夜、菜穂子と父と夕食の約束をしていた二郎がラウンジで待っていた時、カストルプというドイツ人が話しかけて来た。
カストルプは航空雑誌を読んで二郎を知っていた。
カストルプは「ユンカース氏はヒトラー政権と対立してもうすぐハレツ(破滅)するだろう。戦争でドイツも日本もハレツする。誰かが止めなければ」と話した。
その直後、菜穂子の父が現れて、菜穂子が熱を出したので会食をキャンセルさせてほしいと言いに来た。
その後の数日、菜穂子は中々良くならないのか、二郎とホテルで偶然会うことは無かった。
二郎が暇つぶしに紙飛行機を作って飛ばしていると、部屋の窓から紙飛行機を見た菜穂子がベランダに出てきた。
二郎は菜穂子の気を引くように紙飛行機を改良し、簡易模型のような立派な紙飛行機を飛ばして菜穂子を喜ばせた。

ある日の夜、二郎は菜穂子の父の里見氏をラウンジに呼び出して「菜穂子さんとの交際と結婚を認めて欲しい」と願い出た。
里見氏が返事に困った様子でいると、菜穂子がラウンジに出てきて、二郎に自身が結核の治療中であることを告げて「治るまで待って頂けるなら、私も二郎さんと結婚したい」と言った。
二郎は「何年でも待ちます」と答えて菜穂子の手を握った。
里見氏の隣に座っていたカストルプが「素晴らしいカップルだ!」と拍手した。
2人の様子を見た里見氏は「病気を理解してくれるなら」と結婚に賛成した。

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二郎は休暇を終えて職場復帰した。
ドイツから日本に戻ってきていた本庄と格納庫で戦闘機の部品の話で盛り上がっていると、黒川が慌てた様子で二郎を呼びに来た。
事務所に※特高が二郎を調べに現れたので、身を隠して欲しいと言う。
※特高…特別高等警察。政治犯罪を取り締まる秘密警察。1928年設置され、1945年に解体された。

二郎には警察の世話になる心当たりは何も無かったが、思想犯の可能性があると見られていたようだ。
黒川は会社の二郎を使われていない部屋に入れて「今日はここで仕事しろ。私の友人も何人か特高に捕まった。身に覚えのない罪でな」と悔しそうに言った。

仕事が終わると、二郎は自宅アパートに帰ることを許されず、ほとぼりが冷めるまで黒川の自宅で世話になることになった。
特高は二郎の自宅を勝手に調べ上げ、あわよくば身柄を拘束するため待っている可能性が非常に高かったからだ。
二郎は黒川と服部部長に「婚約者から手紙が来ているかもしれないので、ポストだけでも見たい」と言うが却下された。
服部部長と黒川は二郎に恋人が出来たことに驚きつつ「会社はお前を全力で守る。お前が役に立つ間はな。次の戦闘機の設計も、お前に任せたい」と告げた。

数日後、黒川の自宅で身を潜めていた二郎に、黒川から電話があった。
二郎の下宿先に2日前に届いていた電報を、心配した使用人が会社に届けてくれたという。
電報は里見氏からで、菜穂子が喀血して倒れたという内容だった。
二郎はすぐに支度をして菜穂子の実家のある東京に向かった。
菜穂子と再会して無事を確認すると、別れを惜しみながら、二郎はその日の終電で名古屋に帰った。
二郎が帰った後、菜穂子は医者に進められた高原病院に入院して治療に集中する意思を父に伝えた。


(引用:http://blog-imgs-54.fc2.com

翌日。二郎は仲間と共に、海軍から依頼があった戦闘機の設計に取り掛かった。
皆でアイディアを持ち寄った会議で盛り上がる中、二郎は「機関銃を乗せなければ軽くなって、もう少しマシなものが出来るのに」と発言して皆を笑わせた後、「スッカラカンの、フルメタルの、世界中のどこにも無い飛行機が僕等の飛行機だ!」と公言した。
会議を見守っていた服部課長と黒川は、彼らの様子に感心しながらそっと部屋を出た。

二郎は艦上戦闘機の制作、菜穂子は病気の治療に専念し続けて、冬が訪れた。
ある日、二郎からの手紙を読んだ菜穂子は我慢出来なくなり、病院を強引に退院して名古屋に向かった。
連絡を受けた二郎は駅に菜穂子を迎えに行き、無事にふたりは再会する。

二郎は菜穂子を連れて黒川の自宅に行き、菜穂子とふたりで暮らすために使用していない離れを貸して欲しいと願い出た。
黒川が「結婚していない男女に住まいを与えることは出来ん」と言うと、二郎は「では今すぐ結婚します。黒川さんと奥様が仲人になってください」と言い出した。
黒川の妻は「素敵!」と言い、菜穂子に準備させるために別の部屋に連れて行った。
黒川はまだ渋っていたが、菜穂子の命がもう長くないことを知ると「そういうことなら、盛大に祝おう!」と立ち上がった。

結婚の儀式が終わると、菜穂子は泣きながらお礼を言って深く頭を下げた。
黒川夫妻は「私達も立ち会えて嬉しい」ともらい泣きした。

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黒川の離れで新婚生活を始めた二郎と菜穂子の所に、研修医になった加代が訪れた。
加代も菜穂子を病院に戻した方か良いと訴えたが、余命僅かなことを知ると口を閉ざした。
加代は「次は医者として菜穂子さんを診察しにくる」と約束して帰った。
二郎は持ち帰った仕事を机に広げ、菜穂子の手を握りながら布団の隣で作業した。

二郎の戦闘機が完成間近になった頃、本庄が様子見に現れた。
彼が設計した戦闘機は海軍にいたく気に入られ、次は爆撃機の依頼をされたと言う。
本庄は二郎が設計した飛行機の、部品同士を留めるための鋲に感心して、次の爆撃機で使わせて欲しいと言うので、二郎は快諾した。
本庄は本当は爆撃機の設計をイチからやりたかったが、海軍は時短のために『デザインは戦闘機と同じで爆弾を乗せれるように改造しろ』と要望してきたそうだ。
「前回のとは重さが全く違うから、どの道大幅な変更が必要だ」と本庄はため息をついた。
また戦争が始まることを憂いた二郎は「日本はハレツだな」と呟いた。
※ハレツはカストルプが「破滅」を言い間違えた言葉。

ある日の朝。二郎の仕事が大詰めを迎えるため、数日は格納庫に泊まり込むことになった。
二郎が出社した後、菜穂子は黒川夫人に「気分が良いから、ちょっと散歩してきます」と言い外出した。
その後、今日が菜穂子の診察予定だった加代が黒川家に向かうバスに乗っていると、外を歩いている菜穂子を見かけた。
嫌な予感がした加代が急いで離れに行くと、中はきれいに片付けられて、机の上には二郎、加代、黒川夫妻に宛てた手紙が置かれていた。
菜穂子は死が迫っていることを悟り、山の病院で死ぬことを選んだのだ。
黒川夫人が「美しく居られる時だけを二郎さんに見てもらったのね」と涙を流した。

その頃、『零式』と名付けられた二郎の戦闘機の試験飛行は大成功していた。
その速度は目標を上回る過去最高の240ノット(時速約400km)を叩き出した。
大歓声が上がり、軍の関係者は「最高の飛行機です!」と二郎に握手を求める中、二郎はただならぬ予感を感じてずっと上の空だった。
菜穂子はその後二郎に会うことはなく、高山病院でひっそりと息を引き取った。

その後の1945年9月、日本は第二次世界大戦に敗戦した。
夢で、二郎の飛行機を見たカプローニ博士に「美しい、良い仕事だ!」と褒められた。
「一機も戻ってきませんでした」と悲しげに二郎に、カプローニは「飛行機は美しくも呪われた夢だ」と語った。
遠くの平原から日傘を差した菜穂子が歩いてきたのを見て、カプローニが「あの方はここでずっと君を待っていたよ」と言う。
菜穂子は「あなた、生きて」と笑っている。
二郎が目に涙を溜めて何度も頷くと、菜穂子は嬉しそうに空に浮き上がり、そのまま消えてなくなった。

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感想、解説、考察など


(引用:https://benio25250.hatenablog.com

飛行機好きの宮崎駿監督の飛行機愛があふれ出るような作品でした。
二郎と菜穂子が再会した時の、流れる小川の描写がとてもきれいで見とれました。

本作については宮崎監督が「趣味で描いた」と公言していて、零式艦上戦闘機を設計した実在の飛行機設計家・堀越二郎(1903〜1982)の半生と、同年代の小説家・堀辰雄(1904〜1953)の恋愛小説『風立ちぬ』を織り交ぜて描かれた作品です。

二郎の師匠のような存在として登場するカプローニ博士(1886〜1957)は飛行機エンジンを開発し、後年は爆撃機の設計に尽力したイタリアの設計家です。

個人的な感想としては、主人公の声を担当した庵野秀明さんの声優としての初々しさが目立って違和感を感じました。
周囲の方々が上手だったのもあって、余計に目立ってしまっていたのかも。
あとは、二郎の夢に登場する飛行機のプロペラの音(確か)が人の声っぽいなと思って調べたら本当にそうだったのでびっくりしました。
なんだか一昔前のディズニーアニメの擬音みたいで聞くのが楽しかったです。

今回は原作となった堀辰雄の小説を元に考察していきます!

原作小説『風立ちぬ』について


(引用:https://twitter.com

二郎の恋愛については、堀辰雄の小説『風立ちぬ』をベースに描かれているので、それに加えて同著者の『楡の家』、『菜穂子』を読みました。
『楡の家』の次作が『菜穂子』です。
※実際の堀越二郎氏は三菱入社後にお見合い結婚されています。
『風立ちぬ』だけのつもりでしたが、検索したら『楡の家』と『菜穂子』を発見したので気になって読んでみました。

著者である堀越二郎自身も結核が原因で亡くなっているため、体調の細かい描写や心理描写に何とも言えないリアリティを感じました。

まずは小説『風立ちぬ』のあらすじを紹介します。

堀辰雄『風立ちぬ』簡単なあらすじ

ある年の夏、小説家の主人公『私』が、結核を患う恋人の節子に付き添って高原にあるサナトリウムに入院します。
サナトリウムで、『私』は節子と自分自身の生活を小説にしようと思い付き、節子を見守り、愛を育みながら執筆する日々を送ります。
節子はサナトリウムに入ってから、『私』と生きていきたいという思いをより一層強く抱きますが、入院した同じ年の冬に死去します。
残された『私』は節子との日々から生まれた『生きることへの渇望』を胸に、喪失感に浸ります。

 

小説には『私』の心境の移り変わりや、節子に対して抱く感情、山の中の美しい風景描写などが繊細に描かれています。
宮崎監督は主人公二郎に『私』を落とし込むことでロマンスの要素を加えています。

二郎と菜穂子の結婚生活を彷彿とさせる一節を引用します。

私達はそれらの似たような日々を繰り返しているうちに、いつかまったく時間というものからも抜け出してしまっていたような気さえするくらいだ。
そして、そういう時間から抜け出したような日々にあっては、私達の日常生活のどんな些細なものまで、その一つ一つがいままでとは全然異なった魅力を持ちだすのだ。
私の身近にあるこの微温い、好い匂いのする存在、その少し早い呼吸、私の手をとっているそのしなやかな手、その微笑、それからまたときどき取り交わす平凡な会話、 ー そういったものをもし取り除いてしまうとしたら、あとには何も残らないような単一な日々だけれども、 ー 我々の人生なんぞというものは要素的には実はこれだけなのだ、そして、こんなささやかなものだけで私たちがこれほどまで満足していられるのは、ただ私がそれをこの女と共にしているからなのだ、ということを私は確信していられた。
 それらの日々における唯一の出来事といえば、彼女がときおり熱を出すことくらいだった。
それは彼女の体をじりじり衰えさせて行くものにちがいなかった。
が、私達はそういう日は、いつもと少しも変わらない日課の魅力を、もっと細心に、もっと緩慢に、あたかも禁断の果実の味をこっそり偸み(ぬすみ)でもするように味わおうと試みたので、私たちのいくぶん死の味のする生の幸福はその時はいっそう完全に保たれたほどだった。

(引用:『風立ちぬ』堀辰雄)

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関連小説『楡の家』、『菜穂子』について

小説『風立ちぬ』の主人公の恋人は節子という名前ですが、同じ堀辰雄の作品に『菜穂子』があり、宮崎監督はこの菜穂子をヒロインとして採用しています。
なぜ節子ではなく菜穂子になったのかを考えてみます。

まずは小説『楡の家』と『菜穂子』のあらすじを紹介します。

・小説『楡の家』のあらすじ

未亡人の三村夫人が娘の菜穂子に宛てた手記。
小説家の森という男が三村夫人に好意を寄せたことがきっかけで、菜穂子は母を避けるようになり、やがて菜穂子は好きでもない男と結婚し、母の許しも得ずに家を出てしまう。
三村夫人は菜穂子の態度が理解できず苦しみ、いつか菜穂子に読んでもらうため、関係が悪化した原因究明を彼女なりに考察した手記を書く。
そこに、夫人は森に対する恋愛感情はまるで無かったということが切々とつづられていたが、森についての文章からは好意がにじみ出ているように感じられるものだった。
森と三村夫人が結ばれることはなかったが手紙でやり取りを続けていて、森は中国各地を転々として北京で持病をこじらせて亡くなった。
その後 夫人は狭心症で死に、約半年後に手記を読んだ菜穂子は、母と彼女自身が似ていることに嫌悪感を覚えた。
菜穂子は2人の思い出が残り、母が最初に発作で倒れた楡の木の下に衝動的に手記を埋めた。

 
・小説『菜穂子』のあらすじ

菜穂子が結婚した後の話。
菜穂子は夫の黒川とその母と一緒に暮らしていた。
菜穂子にとって黒川家が母からの『避難所』だった当初は全く不満なかったが、母の死後、菜穂子は不満を感じるようになり、夫と義母と距離を置くようになる。
そんな時、菜穂子は結核を患い高原の病院に入院が決まると、今度は病院が黒川家からの避難所になった。
しばらくは快適な入院生活を送るが、やがて黒川との結婚を後悔し、次は孤独感に悩まされるようになる。
一方黒川は母親との2人暮らしに嫌気が差して何度も菜穂子を自宅に戻そうと母に提案しかけるが、母が菜穂子を嫌っているため反対するのが目に見えるので、結局何も言えずに月日が過ぎる。
ある雪の日、孤独に耐えられなくなった菜穂子は病院を抜け出して黒川に会いに行くが、黒川は「母に知られるとまずい」と、自宅ではなくホテルに菜穂子を泊まらせた。
黒川は何度か「家に戻ってこないか」と提案しようとしたが、母のことを考えて結局何も言わず、菜穂子が病院から抜け出した理由も深くは追及しないままにした。
黒川が「一緒に暮らそう」と言ってくれることに最後の淡い期待を抱いていた菜穂子は現実を知って我に返り、翌日病院に戻った。

 

特に『菜穂子』は鬱作品認定したくなるような暗い話でしたが、やはり描写がリアルで引き込まれました。
この2作の登場人物たちは癖が強いというか性格に致命的な欠陥を抱える人物ばかりで、そういった多かれ少なかれ誰もが持つ心の闇を顕著に描いている点もこの作品の魅力でした。

例えば、菜穂子は人を愛する能力の無い人物です。
母親から逃げたくて好きでもない人との見合い話に乗って勢いで結婚し、黒川家でしばし『避難生活』を楽しみます。
夫も夫で基本母親に言われるがままのマザコンタイプで、菜穂子に興味がなく、彼女にとっては真面目過ぎてつまらないタイプの人物ですが、菜穂子にとっては母親からの逃亡が目的だったので黒川家でやり過ごすような生活を送っています。
この頃、菜穂子は夫を好きになる、もしくは好かれるための努力すらしていなかったように見えます。
母親が死んだら今度は夫から逃げたくなって病気を理由に病院に逃げます。
今まで関係を築く努力をしなかったため夫は見舞いにすら現れず、夫の母から近況を探るための形式的な手紙が来るだけです。
この夫の母親も、菜穂子が我が子を好いていないことに気付いていたので、彼女を好きになれず、どちらかというと菜穂子を追い出して息子と2人暮らしに戻りたいと考えています。
人との関わりがなくなると、今度は孤独と愛情欲求に苦しみ結局夫の所に行き、自分は夫を愛していないのに夫の愛を確かめようとしてみる、というよくわからない行動を取ります。
夫はマザコンのため、悩みながらも結局母親を選びます。
恐らく菜穂子はこの時の夫の態度で自分の愚かさにようやく気付き、だからこそ孤独を受け入れる覚悟を決めて病院に戻ったのです。

映画との関連については、菜穂子が病院から抜け出す部分が宮崎監督の『風立ちぬ』に採用されています。
思えば小説『風立ちぬ』の節子はとても大人しい性格で、主人公『私』も、節子の「従順なところが好き」と語るほど父親や『私』のいうことに大人しく従い、我慢強いタイプでした。
節子がは死ぬ直前に「実家に帰りたい」と泣きながら『私』に打ち明けますが、結局行動は起こさず我慢してしまいます。

一方で、菜穂子は気の強いお嬢様タイプで、母の反対を押し切って勝手に見合い話を受けて結婚してしまったり、病院が嫌になると無断で抜け出してしまったりとかなり行動力のあるタイプです。
宮崎監督の描くヒロイン達は皆行動力のあるタイプばかりなので、菜穂子をヒロインに採用したの自然な流れに感じます。

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二郎が見る夢

二郎は少年時代から、飛行機が墜落する夢をよく観ているのが何度か描かれていました。
あれらの夢は、戦争が始まることの予兆と、二郎がラストで「一機も戻ってこなかった」と発言していたように、これから彼が設計する飛行機(戦闘機)たちの末路を暗示する夢だったように思えます。
使い捨てられていく飛行機達が二郎に訴えかけているようにも見えました。

 

菜穂子と結核

結核は、江戸後期から昭和前期頃(1850年代~1950年代頃)にかけて『国民病』と呼ばれ猛威を振るった感染症です。
本作の舞台となる1930年~1945年は死亡原因の上位に位置する程ポピュラーな病で、当時は効果的な治療法もなく死の病でした。
1952年以降は抗生物質の普及により結核で亡くなるケースは激減しています。

ここで考えたいのは、菜穂子は飛沫感染する死の病を患っていたにも関わらず、二郎と普通のカップルと変わらない結婚生活を送っていた点です。
2人は普通にキスを交わしていたり、肉体関係を持つような描写すら見えます。
しかも、菜穂子から誘うような描かれ方をしています。
感染者である菜穂子から誘うのはあまりにも身勝手で、愛すらないように思えてしまいます。
ラストで魂になった菜穂子が二郎に言う「生きて」と矛盾しています。

死ぬ前に好きな人と一緒に居たいという気持ちは理解できますが、菜穂子から進んで感染リスクが高まる行為をする点が理解できませんでした。
菜穂子は結核が飛沫感染することを知らなかったのでしょうか?
二郎自身は、菜穂子からなら感染しても構わないと思っていたでしょうから気に留めず、だから成立していた関係だったんでしょうけど。。
ただ、二郎も二郎で菜穂子の居る部屋でたばこを吸うという一面から(菜穂子の許可を得てではありますが)、良くも悪くも2人とも欲望に忠実という点が似たもの同士であることを強調している描写なのかもしれません。

以上です!
最後までお読みくださりありがとうございました(^^)

 

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・宮崎駿監督作品

 

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